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小さな鍵と記憶の言葉

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「――リラ」

「え?」

 マウスピースから唇を離すと、怪訝そうな表情がこちらを見ていた。
 ガラス戸に手をかけて振り返る部活仲間達。皆いつの間にか帰り支度を済ませていて、青空に向かって楽器を奏でているのは私だけになっていた。すぐ隣でクラリネットを吹いていたはずの友人が、もう出入り口の側にいる。今、私を呼んだのは彼女だろうか。

「莉良。そろそろ終わりにしよう。音楽室閉めるって」
 耳を澄ましてみれば、あちこちで聞こえていた金管やパーカッションの音も殆ど途絶えていた。どうやら本当に、吹いているのは私だけらしい。どこかでサックスの音が続いているけれど、もしかしたらそれも余韻なのかもしれない。
「ああ……うん。私はもう少し吹いてく。先帰ってていいよ」
 私はちらりと腕時計を見下ろしてから小さく頷いた。
「そう? 締め出される前に帰るんだよ?」
「うん。ありがと」
 心配そうに顔を曇らせる『仲間』。言葉にはしないけれど、もう一度ちらりと振り返る。そんなに私は深刻だったろうか。曖昧に笑って、彼女達を見送る。

 気がつけば随分太陽が傾いている。
 日が短くなりゆくこの季節は、下校時刻に厳しかった。自主練習といえども容赦なく追い出されるのが難しい。家に帰っても練習する場所なんてないし、近所の公園は保育園と隣接していて大きな音を出すことも出来ない。そうすると、どうしても放課後の時間を延ばすくらいしか出来ないのだけれど。
 結局吹き足りなくて、幾度も幾度も透明な音を吐き出し続けた。
 あと10分だけ練習しよう、そう決めて、すっかり静かになった校庭を見下ろしながら。

 ――あれ。まだ誰かいる。

 弱くオレンジの光が射す校舎裏。非常階段を降りたすぐ先、体育館横の舗装道を、袴姿の人影が走っている。おそらく剣道部の生徒だ。彼以外に人影も見当たらないので、もしかしたら自主練仲間なのかもしれない。
 その横顔に、ふいに懐かしさを見た。ええと、あの人はどこかで見たことがある気がする。
 そうか、隣のクラスの男子だ。名前は確かカネハラくん。女の子たちがきゃあきゃあと騒いでいるのをよく耳にする。ほとんど接点はないけど、確かに顔は格好いいし、部活でも良い成績を残していると聞く。注目を集めるのも納得できる。
 そういえば、昨日もランニングしているのを見かけたっけ。通り過ぎるのを眺めながら、ふう、と階段の手摺に肘を付いた。
 眼差しは真っ直ぐ前を見つめていて。

 ああいうひとは悩みなんてあるのかな。
 きっと、こんな些細なことで悩んだりしないんだろうな。人前に立つことが苦手とか、大勢を引っ張る役目が苦手とか。いつまでも子供染みたワガママを抱えたままでいる私とは違って、きっと胸を張って後輩の前に立つのだろう。
 勉強も、部活も。そういえば、来月は中間考査だっけ。
 そう考えてもっと憂鬱になった。