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小さな鍵と記憶の言葉

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 今日はジョシュアにお呼ばれして、三月兎の庭でお茶会の予定があった。
 賓客は私を含めて二人。と言っても主催者がジョシュアだとすれば給仕を取り仕切るのはダミアン、席に着くのは私ともうひとり。結局いつもの四人でのんびりとお話をするだけだ。お茶菓子は勿論タツキの自信作で、この有様に落ち着きを覚えるなんて、今となっては来たばかりの私には予想も出来なかったこと。

「騎士がどんな者か、ですか」
 飴色の綺麗な液体が真っ白なカップに注がれて、私の前に飾られる。それを少し高揚した気分で待ちながら、私は頷く。
「なんだか、嫌われているみたいで」
「そうだねぇ。今も昔も真面目だね」
「ジョシュアは元同僚なんでしょう?」
 フィンに寄ればカードあがりという話の、どうみても庭先で紅茶カップを傾けているのがお似合いの彼が、ふふ、と優雅に笑う。

「仕事仲間だったけど、僕はほら、不真面目でしたから」
 何も悪びれることなく言われて、頷いていいものか躊躇ってしまう。
「それに、道も別れてしまったしね」
 その瞳が見上げるのは向かいの渡り廊下。丁度巡回中のカードが横切って、反対からやってきた給仕がワゴンを押して擦れ違った。
「仕事熱心であることは疑いようがありませんよ」
 付け加えるのはダミアン。私は紅茶の表面に『彼』の容姿を思い浮かべる。
 女王の間で偶然会った彼。対峙する相手を射るような眼差し。あの色が強く焼き付いている。
 たった一瞬だったけど、彼の仕事に対する姿勢は伝わってきた。真摯で、実直。自分の仕事に真っ向から挑んでいる。あの言葉はその延長線上で私に言ったことなのかもしれない、と、冷静さを取り戻した今なら考えることも出来る。
 出来るけれど。
「一度お話しになってはいかがですか」
 ふわりと柔らかいダミアンの瞳に薦められて思わず首を傾げた。うーん、と曖昧に微笑んで、戸惑いながら当たり障りのない感想をくっつける。
「そうね。意外と分かり合えるかも?」
「そうですよ、リラ。なにせ貴女もアリスですから」
 僅かに晴れた空から太陽の光。それを浴びて輝く色とりどりの薔薇の花。うん、確かに、この場所で心を落ち着ければ何事も上手く行く、そんな気がする。

 と、テーブルの端で性急に動くものがある。
 ガタン!まるで跳ね起きたような衝撃。私は驚いて身じろぎするけれど、帽子屋と三月兎はすっかり慣れているようで視線すら向けない。
 音と衝撃は、倒れてしまった椅子のもの。私の視線は少し上にある眠たげな両目に。
「メ、メリル?」
「………ん」
 空色の瞳がゆらゆらと揺れる。それからまたすうっと眠気に襲われたのか、テーブルの上にスローモーションで頭を乗せ直した。私の中ではばくばくと鼓動がまだ驚きを訴えている。
 再び聞こえ始める安らかな息。何事もなかったかのような三月兎に帽子屋。
「もしかして、怖い夢でも見たのかな」
「まぁ、眠り鼠だからねぇ」
 分かるような分からないような、ジョシュアの相槌。そりゃ、眠る鼠だから眠り鼠なんだけど、眠いなら眠い鼠?……あれ。なんだか自分で言っていてよく分からなくなってきた。
「ああ、眠り鼠といえば。リラも気をつけたほうがいいですよ」
「え、なに、急に」
 唐突に声を顰め、真面目な色をするジョシュアの瞳。滅多に見られないだろう、微笑の混じらない表情。なになにと息を詰めて続きを待つ私。それからすぐに浮かべられる微笑み。どうやら、からかわれたらしい。

「亡霊ですよ、亡霊。聞いたことがあるでしょう」
「ぼ、亡霊」
 確かに聞き覚えのある言葉だ。こんな大きな城の中になら一人や二人『本物』がいてもおかしくない。ううん、私がそういうのを信じているんじゃなくて、漠然とした雰囲気の話だ。
 やけに影だけはっきりした言葉。けれど今までその意味を教えてくれた人は誰一人いない。
 それが一瞬で、質問をするよりも前に、私のささやかな疑問は解消されてしまった。

「いつの間にかこの城に棲みついてしまったものですよ。それとも、棲みついてしまった猫、と言った方がいいでしょうか」