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小さな鍵と記憶の言葉

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「少し、元気になったかな」
 陽射しと同じくらい、やわらかい言葉。差し出されるクッキーのお皿。途端に、はしゃいでいた自分に恥ずかしくなって目をそらす。
 そして気付いてしまった。どうでもいいと思われていたのではなく、彼なりに私を見てくれていたということ。
 言葉にはしてくれなかったけれど、とても心配をかけていたこと。
 それから、私が――

 フィンの笑顔が引き金になった。胸にしまっていたもやもやが一気に喉の辺りから溢れ出す。それはたちまち声を隠してしまって、それから私の目にまで届いて、じわじわと広がっていく。

 なんだろう、泣きそうだ。
 慌てて隠そうと顔を伏せる。髪を弄るふりをして目を擦って、何食わぬ顔で窓の外を見ようと努めた。
 ああでも、どうしても上手く行きそうにない。
 部屋の柱時計が振り子を三つ揺らした間の後。視界の端にすっと手が伸びてくる。

「え……」

 それが目の前を通ったかと思うと、あっという間に世界が暗くなる。分かったのは、その伸ばされた腕が私の頭を包み込むように廻されているということ。

「ちょっ、ちょっと……フィン?」
 なに、と返された声がすぐ耳の側。紅茶もテーブルクロスも見えない代わりに、その間近なもの――彼の衣服の布地模様がよく見える。腕を振り払えば良い、という結論を出すには時間がかかった。そして、それを実行するまで考えが追いつかない。

「泣く子をあやす時はこうするだろう?」
 つまり私は今、泣きじゃくる子供扱いということなのか。そういえば背中をポンポンと叩かれている。肌に触れる厚手の生地は、なんとなくフランネルに似ているとやっと気付けた。

「……私、泣いてないよ」
「でも、哀しそうだ」
 静かな声が耳に心地良い。まるで、幼い頃に聞いた子守唄みたいに。
 この感覚は何かに似ている。どこかで、知っている気がする。
 とにかくおかげで心許無さはすっかり消えて、いつの間にか泣きそうなことも淋しさも忘れていた。

 そう、淋しかったんだ。
 気付いてしまった。私が、こんな見知らぬ場所に来て淋しかったこと。
 あの最初の日から、頼りにした湖のほとりの笑顔に見放されて、代わりに囲んでくれたたくさんの人の親切に包まれて。そして、何処にいても私の価値は変わらないんだと思い知らされて。
 役に立たない、と予感するのと、言葉にするのと、受け取るのでは重みが違った。
 だから、誰かに教えてほしかったんだ。

 私が、本当にここに居ていいのかということを。
 役立たずでいいのかということを。


 きっと、この場所で一番近い存在の彼に。