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小さな鍵と記憶の言葉

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 黄昏は未だ遠い、常春の昼下がり。私は窓際の丸テーブルに着席して、その刺繍入りのテーブルクロスに陽射しが零れる様を眺めていた。
 窓から外を見れば、ロの字型になっている向かいの建物と、その奥に腰を据える時計塔。珍しく天気は良い。快晴とは言えないけれど、薄い雲を掻き分けるようにして時々太陽が顔を出す。
 花曇の空をなぞるように飛んでいく鳥の影と、歌声。
 そして、耳に届く、茶器に紅茶を注ぐ音。
 テーブルに目を戻せば、白兎が私のためにティータイムの用意を広げてくれている。
 なんだか不思議な感覚だ。ここがどこだとか、私は何者なのかとか、そういうことが一切どうでもよくなる。さっきまでどうしようもなく塞ぎこんでいたはずの心は、紅茶の華やかな香りが身体の中を満たしていくのと同時に少しずつ光が差し込まれていく。

「フィンが紅茶を入れるのなんて初めて見るけど……手際がいいのね」
 やわらかな沈黙を崩すのは少し勿体ない気がしたけれど、思わず口に出してみる。彼は手元から目を離さないまま応える。
「これでも元は使用人だから」
「貴方が?」
「意外?」
 覗き込まれないのをいいことに、彼の深紫の瞳をじっと見つめる。日差しに紛れているせいか、ちらちらと揺れる不思議な色。口許がかすかに綻んだ。

 ――あ。笑った。
 その瞬間を見ることは、私に何か新発見をした瞬間のようなくすぐったさと嬉しさをもたらした。フィンがこうして笑うことなんて、珍しくもないのに。

「街からこの城に上がるには使用人か兵士しかない。中には最初から役職就きに選出されるものも居るけど、大半は下働きからだよ」
「じゃあ、ダミアンやジョシュアも?」
「うん。ダミアンは給仕だったけど、ジョシュアはああ見えてカード上がりだ」
「ええ?」
 剣を振るうジョシュアなんて想像がつかない。実際に振るう場面がこの城にあるかどうかは置いておいて、だけど。
 あの人なら、稽古中でもひとりでお茶会を始めそうね。
 剣を腰に下げながら薔薇園でお茶をする兵士の姿をひとりで想像して笑っていると、ふいにアメジストの瞳がこちらを見上げているのに気付いた。私と目が合えば、取り繕うこともなく表情を綻ばせる。