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小さな鍵と記憶の言葉

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 ソファに身を鎮めたまま、扉の前に立つ青年を見上げる。相手は至って真面目に、はい、と答えた。
「具合のほうはいかがですか」
 紫色の瞳は変わることなく、じっと私の様子を窺っている。
 そう、変化はない。おかしいのはここが私の部屋で、白兎がここにいるということだった。
「大丈夫、だけど……どうして?」
 どうして彼が私の部屋を訪ねてくるんだろう。今頃は執務室で紙の資料と格闘している時間だし、そうでなくても大臣(宰相?)は城のあちこちを巡回したり打ち合わせたりと忙しい筈だ。
 最初は、連れてきておいて顔も見せないなんて、と苛々したものだけれど、彼の仕事量の膨大さを知ると文句を言うことも出来なくなった。アリスがいなくなってからどれくらいの月日が経っているのか詳しくは知らないけれど、それから今まで、彼はずっとひとりで仕事をこなしているはずだ。
 城を支えるために。街を支えるために。
 けれど、だからこそ。
 どうして彼が、私の部屋をわざわざ訪ねてきているのか?

「大丈夫、ですか。けれど、元気はなさそうだ」
 上手く言葉を見つけられないでいると、フィンはいつものように穏やかに言葉を繋げる。
 真っ直ぐに彼の顔を見る。ああ、正面から見るのはいつぶりだろう。もしかして、ここに来た最初の日以来じゃないだろうか。それくらいに久々のこと。
「三月兎も帽子屋も、トカゲも、皆心配しています」
「貴方は?」
 皆、の言葉に引っ掛かって、とっさに口にして、後悔する。
 私は一体何を言っているんだろう。何を確かめようとしているんだろう?
 けれど、正面から尋ねるのは初めてのはずだ。言葉に意味なんてないけれど、だけど、教えて欲しい。
 白兎が、私のことをどう思っているのか。
「私ですか?」
 白兎は少し意外そうな顔をして、それから首を傾げて、笑う。
「そうですね……急に付き纏われなくなって妙な気分だ」
「そう――」
 言い返すチカラがない。驚きと、安堵と、それと心の中に広がる何か。
 やわらかで透明で、温かい何か。
 頷いた私は一体どんな表情だったんだろう。
 フィンが私を見て、ふっと溜息を漏らす。それを聞くのも見るのも久しぶりだった。

「紅茶の用意が出来ました。お飲みになりませんか」
 何も違わないはずなのに、ひどく心が落ち着いていく。
 だから私もちょっとだけ笑って、応える。

「じゃあ、頂こうかなぁ」
 正面からの微笑み。
 それがどうしてか懐かしく、嬉しく思えた。