小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

小さな鍵と記憶の言葉

INDEX|46ページ/120ページ|

次のページ前のページ
 

「また迷子になったんだって?」
 朝食を食べていると、頼んでもいないのにデザートを運んできた《ウミガメ》が言った。
 ニヤニヤともとれる爽やかな笑顔。そんなに気さくに聞かれれば、益々居心地が悪くなるというものだ。
 私はサラダ皿に残っていた最後のトマトを飲み込んでから、
「『また』、って……それより、どうして知ってるの?」
「知ってるも何も、あんなに騒いでいたらねぇ? ジョシュア」
「そうですよ。フィンなんて大騒ぎだったんですから」
 視線で同意を求めたのは偶然同席していた帽子屋だ。私は頬を膨らませる。
「どうせ呆れて溜息ばかりだったんでしょう? 私は手間のかかるアリスだもの」
 焼きたてのパンにバターを塗る。一足先にメインを終えていた帽子屋は優雅に紅茶を楽しんでいる。その表情は楽しそうな苦笑い。
 タツキの意味ありげな視線。かちゃり、白磁のカップをソーサーに戻して息をつくジョシュア。
「まぁ、溜息も多かったけどさぁ」
「始終落ち着きがなかったのは確かですね。白兎は仕事も放り出して貴方を探していたんですから」
 本当に?と聞き返そうとして首を振る。これはあまり意味のない質問だ。
 ああいう風に彼らしくなく足早に、自らランプ片手に広い城内を探し回るなんて、普通じゃ考えられない。
 私だってここ数日、フィンにくっついて歩いて何も分からなかった訳じゃないもの。相変わらず全部が分かるわけではないけれど、その時その時にどう感じているのか、何を言いたいのかは読み取るコツを掴み出している。
 ――ただ、苛々や喜びは分かるけど、『何を考えている』のかまでは見えてこないのよね。

「それにしても、亡霊より先に見つかって良かった」
 亡霊。
 馴染み無い響きを頭の中で反芻する。
 そういえば、以前もどこかで耳にした気がした。どこで、誰に聞いたのだったか。それよりも。
 ジョシュアの言葉に思い出すのは、あの青年の横顔。迷子の私を保護してくれた『貯蔵塔の見回り』さん。
 名前も役職も知らない、言葉を交わしたの昨日が初めてだった。よく考えたらそれまでは食事の席もお茶会でも会ったことがない。見るのはいつも、廊下の片隅。しかも決まって私がひとりのときばかり。
 もしかしてあの人が――
「あ!」
「どうしました?」
 急に大声をあげたものだから心配されてしまった。側で給仕をしていた薔薇までもが驚いた顔で近付いてくる。それを慌てて手で制しながら、
「フィンがいないわ。また置いてかれたみたい」
 食堂を見渡してもいつもの黒髪は見当たらない。一緒に食事を摂るひとじゃないから待たせるのも申し訳ないと思うのだけれど、ごゆっくりどうぞ、という笑顔を見れば簡単に信用してしまったりして。
 しまった。最近は邪魔がられないので油断していた。
「私、そろそろ行かないと。――ケイ!」
「はいっ!」
 薔薇や蛙に交じって給仕をしていた少年が、反射的に応えを返す。相変わらずリアクションが大袈裟な気もするけれど、今回はどうやら食器を引っ繰り返すことはしなかったようだ。
「フィンはどこにいったの?」
「白兎は……ええと」
 そこでたじろぐのがまた彼らしかった。おそらくフィンに他言無用、とか言いつけられているに違いない。
 だいたい、人や物陰を使って何気なく私の視界から逃げていたくせに、返事をしてどうするのだろう。
 知らないわけじゃないでしょう。私は無言で問い返す。すると彼も諦めたようで、
「……女王の間に、向かわれました」