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小さな鍵と記憶の言葉

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 この城の、この地域の天候は定まらないことが多い。
 例えば窓の外に見下ろせる生垣や庭園はどこも美しく花が開いているのに、空が青色になることは少ない。日が暮れるスピードも早く、午後の三時を過ぎた頃から急激に暗くなってしまう。
 だからフィンもダミアンも、廊下で出会う薔薇やカード達も口を揃えて言う。
 『三時には部屋に戻られますように』。
 いつものように執務室や食堂、でなければルーシャの書斎に遊びに行っている時は良い。そこに居れば私は一人きりではないし、帰り道もちゃんと送ってもらえる。(本当はひとりで帰れるのだけれど、どうしても兎達が許してくれない。)
 反対に言えば、ひとりで城の中を散策するには三時を超えることは出来ない。
 『夜は、夜が来ますから』。なんて奇妙な言い回しだと首を傾げていたものだった。
 だけど今は、ほんの少しだけ意味が分かる。
 この闇は、ひどく不安を呼び寄せる。

「困ったなぁ……」

 私はひとり、城の中のどこかにいた。
 『どこか』というのは正しい言葉で、実際自分が城の何処にいるのかは全く分からなかった。見慣れないドアに、内装。窓の外の景色も定かじゃない。
 つまりは、久々に迷子。

 三時の鐘なら、多分1時間くらい前に鳴った。
 今日は午前中にルーシャの所で本を借りて、そのまま帰り道でジョシュアにお茶にお呼ばれした。午後はちょっと遠出をしてみようと思い、いつもは歩かない三階の廊下を歩いたのだ。そこは楽器や絵画の飾られた部屋が沢山あって、まるで城の中に特設の博物館があるような、そんな一角だった。
 夢中になって時間を忘れていたのも事実。そして、あちこちの部屋を出入するうちに方角を見失ったのも、また本当のこと。我に返って鐘の音を頼りに時計台を目指そうと思ったのに、辿り着いたのは薄暗い廊下だった。どうやら反対側に来てしまったらしい。

 迷子ならともかく、まさか遭難するくらい複雑な城だとは思わなかった。しかも、こういう時に限ってカードにも薔薇にも会わない。煩雑に物が溢れている様子を見ると、普段は使われていない倉庫の区画なのかもしれない。

 ためしに手頃なドアを開けてみる。飾りひとつついていない木枠のドアの先は教室ほどの間取りで、古ぼけた木箱が積み重ねられていて埃っぽい。それでも中は明かりがついていたので、廊下よりはいいと思って落ち着くことにした。
 すっかり疲れてしまって、木箱のひとつに腰をかける。
 窓の外はどんどん暗くなっていく。夜まで待てば見回りの兵士くらい通るかもしれないし、と自分を納得させて、深呼吸。
 一晩くらいだったら野宿(城の中でも野宿というのかな)も出来るし、明るくなって辺りの様子が分かるようになれば自力で部屋に帰れるかもしれない。肌寒くないのが不幸中の幸いだ。

 けれど、そうは言っても、自分が見知らぬ場所に一人という事実は消えてくれない。物音ひとつしない暗がり。夜明けまでどれくらいあるんだろう。
 他に明かりが無いこともあり、私を容赦なく心細くさせていく。

 ――ガチャリ。

 と、急に響いた何かの物音。
 私は体を固くした。耳を欹てると……足音だろうか?コツコツと靴底が廊下を叩く音に似ている。もっとよく聞いてみようと耳をそばだてるのに、どうもその音は次第に遠ざかっているように思えた。
 慌てて廊下に飛び出してみる。闇色に染まった廊下はぞっとするけれど、その真っ暗な廊下の先に、仄かなオレンジ色の光がひとつ。
 人だ。その後ろ姿は紛れもなく男の人。私は思わず声をあげる。

「あの、すみません!」