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小さな鍵と記憶の言葉

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 結局、昼餉の用意が出来たのはそこから一時間半後で、食事を終える頃にはもうアフタヌーンティーの時間のほうが近かった。今日のおやつは、なんて満面の笑顔で説明し始めようとするタツキに曖昧な笑みを返し、そっと食堂を後にする。

 さて、うやむやになって離れてしまったけれどフィンはどこだろう。ちょうど扉の陰に隠れようとしたケイ(おそらくまた様子を窺っていたんだろう)を捕まえると、そろそろ執務室に帰った頃だろうと教えてもらえた。
 それなら、私も執務室に行ってみよう。
 逃げるように仕事に戻るケイの後姿を見送った後に、どうしたら執務室に戻れるのかについて頭を悩ませる。たしか、こっちから来た気がするから、と右手の階段を昇ってみる。けれどそこからが思い出せない。この辺りは何処も似たような内装なので、食堂が何階で執務室まで何回階段を上ればいいのか思いつかない。
 ならば、とりあえず部屋に戻ってから改めて執務室を目指せば良いのではないかと名案が浮かんだ。
 ふと窓の外を見る。すると何の幸運か、向こうの角を歩いていくフィンの姿を発見した。なんだかんだで、結構兎はお城の中を行き来していることが多い。
 大理石の廊下を、彼を目指して小走りに急ぐ。本当は声をあげるのが一番目立つのだろうけど、こんな広い廊下に自分の声が響くことを考えると得策には思えなかった。

「待ってよ、フィン!」
 やっと追いつけたのは執務室の真正面だった。ドアを潜ろうとする背中に懸命に声をかけると、心底驚いたような表情が振り返る。
 まるで予想もしなかった、という顔。私が朝から追い回しているのを知っているはずなのに、どうしてそんなに新鮮な顔が出来るのだろう。
 奇妙に思いながら、笑いそうになるのをこらえた。変な意味じゃないけど、結構この表情も癖になるかも。

「もう食事は済んだんだね、リラ」
 思い出したように眉間のシワを伸ばして、じっと私を見下ろす。次第に面倒そうな色が濃くなっていく。
「フィンは午後もここに?」
「見回りは終わったからね、暫くはデスクワーク続きだ」
 今気がついたんだけれど、フィンの喋り方は時々まちまちになる。
 一番初めは今みたいに気さくな感じ、時々城のどこかで出逢った時はしっかりした敬語。その二つの違いは何だろうと考えて、思い当たったことがもうひとつある。
 それは、私の呼び方だ。
 前者のときは『リラ』で、後者のときは『アリス』。今だって彼は私を『リラ』と呼んだ。
 何か彼の中で違いはあるのだろうか?もしかして、他の役職持ちが居るときは気をつけて敬語にしているとか。こんなに仕事に熱心なのだから、私や他人に対して示しをつけようとしているのかもしれない。
 そして、今のようにとっさの時には思わず内面が零れる。ということは、普段のフィンはこちらということになるのだろうか。
 そう思うと、白兎であっても完璧ではないんだな、と益々嬉しくなる。

「じゃあ、また見学しててもいい?」
「何度も言うけど、面白いものじゃないよ」

 溜め息と苦笑を隠しもしない、その観念したような表情に私は微笑みを返した。
 まだまだ分からないこともあるけれど、昨日の今頃よりはずっとフィンのことを知っている気がする。
 これはどうやらルーシャの助言が正しかったということになりそうだ。