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小さな鍵と記憶の言葉

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第5章


5 芋虫の助言  “Advice from Luxia”


 今日も私は、行く宛てもなく廊下を進む。
 どうも部屋に閉じこもっていると眠くなって仕方がない。まるで雨の音を聞いているように、じわじわと眠気が歩み寄ってくるのだ。そして一度捕まってしまうと、中々海から上がれない。
 幸か不幸か、この城は広い。高校なんて目じゃないくらいに敷地が広く、どれだけ歩き回っても見て回れそうな場所は絶えない。
 ――まぁその代わり、迷子になる確率もあがるんだけど。

 階段を下りている途中で息をのんだ。踊り場に目をやると、丁度階下から上がってくる人の影がある。それがカードや薔薇ならなんてことはないのだけれど、よりにもよってどうして『この人』に会わなければいけないのか。
 踵を返すより前にその人が私の存在に気がつく。そしていつもの感情の窺えない微笑みで私を見上げた。

「散歩ですか」
「……そうよ。いけなかった?」
 きつく当たってしまうのはもう反射的なものに近い。彼、白兎のフィンは眉ひとつ動かさずに応える。
「いいえ。しかし、三時の鐘の前にはお戻りくださいね」
 そういい残し、微笑みを寄越して私の横を抜けていく。

 白兎は苦手だ。
 悪い人間ではないかもしれないと多少印象が変わったとしても、第一印象に根付いたそれは消えてくれない。なんだか最近はケイをお目付け役として忍ばせてるみたいだし、どう頑張っても得体の知れない人ではあるのだ。
 私に信用がないのが一番の問題なんだろうな。余所から来た少女は、ちょろちょろと城の中を歩き回っては迷子になる。もしかして彼の仕事の邪魔になっているのかもしれないと思わないでもないけれど、道に迷いやすいのは生まれつきだから仕方がない。

「――だったら、彼の事を反対に監視するのはどうだ」

 本棚一杯の蔵書を見せてもらいながら、私は部屋の主人の声に振り返る。ここには何冊か日本語で書かれている本もあって、時折こうして読ませてもらったり、部屋で読む用に貸してもらったりしている。
 部屋の主人、つまりルーシャは書斎机で煙管を燻らせていた。私の視線に気が付いて、にっと笑う。
「フィンを?」
「そうだ。考えが分からないのは一方的に相手のことが判らないからだろう。相手ばかり自分のことを知っているのは不公平だ。だったら思い切って観察すればいい。そう思わないか?」
「……そうかも」
 なるほど。なんだかもっともらしい意見な気がして、私は思わず頷いた。
 そうか、分からないのならまずは対当になるべきだ。相手のことが分からないなら、分かろうとすればいい。幸い時間ならたっぷりある。『何もしなくていい』とは言われたけど、『何もしては駄目だ』と言われた訳じゃないのだから。
「時間は無限にある。どうせなら有意義に使えばいい」
 芋虫の吐き出した煙が、色を変えて宙を舞う。どういう仕組みなのか煙は兎の形を模し、風に乗って部屋の端へと逃げていく。
「うん。そうだよね」
 そうと決まれば話は早い。時間は無限かもしれないけれど、私の持て余している暇だって無限なのだから。
 立ち上がればちょうど窓の外、向かいの廊下を歩いていく白兎の姿を発見した。なんていいタイミング。
 よし。それじゃあ、これからは私が、彼の仕事ぶりを見学させてもらうことにしよう。