小さな鍵と記憶の言葉
*
「さすがは、白兎の選んだ少女だけはある」
無事アリスを送り届けた芋虫は、再び自分の部屋へ戻ってきていた。
相変わらず物は減らないままだが、飾り棚と本棚の周りは幾分か調えることができたと満足する。
ひとり、窓辺に佇んで時計塔を見る。空は未だ灰色のままだが、あれがいつか青色を取り戻すだろうことを彼は予期していた。
誰に言うでもなく、磨かれた硝子に向かって声を吹きかけて、ちらりと飾り棚の唯一鍵のかかった戸棚を振り返って。
この部屋で唯一施錠の利く場所。大切に仕舞われた『それ』。それからまた、すぐに窓の外を見渡す。
「さて、リラ。君は果たして、選ぶことが出来るだろうか」
アリスの迷う道はいつだって二つ。声高く懸命に道を知らせても、最後に行き先を決めるのはアリス。
その瞳は儚く、淡く色付く未来を待ち望んでいた。
――先に待つものは、幸か不幸か、吉か凶か。
*
作品名:小さな鍵と記憶の言葉 作家名:篠宮あさと