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小さな鍵と記憶の言葉

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「祝言はこのようなものだろうか」

 鐘の音が反響をやめた頃、ようやく彼が顔をあげた。手を放し、私が何か言おうとするのを、冗談めいた微笑をもって遮る。

「さて、片付けも随分はかどった所だ。いつまでも引き止めても悪いな。部屋まで送ろう、リラ。帰り道が分からなかったのだろう?」
 その言葉に、顔から火が出る思いがした。
 見透かしたように笑う口元、まだ到底終わりの見えない煩雑な部屋。そして、あの扉の前で逢った瞬間のこと。
 もしかして、最初から気付いていた?
「ルーシャ……あなた……」
「私は芋虫。いつだって迷える少女へ道を講じるのだよ」
 私はぱくぱくと、言葉の出てこない口を動かすことしか出来なかった。


 結局ルーシャに道案内されて、無事に絨毯の敷かれた廊下まで帰ってきた。
 彼は別れ際に『迷ったときは、時計塔を目印にするといい』と教えてくれた。指差す窓の先には、この城の奥にそびえる大きな塔。先刻聞こえた鐘の音もあそこから聞こえたものらしい。
 部屋まで送ろうという申し出に遠慮をして、ルーシャと別れひとりで絨毯の上を歩く。今度はちゃんと見覚えのある扉の前まで辿り着いた。

「お帰りなさいませ、アリス」
 扉の前では、三月兎が私の帰りを待っていた。まさかずっとそうして居たわけではないだろうけれど、まるで私が戻ってくる頃合いを予期していたかのように優雅に佇んでいる。
 扉を押し開くと、テーブルの上には新しい紅茶が用意されていた。それに安堵を憶えながら、何も言わないまま彼に微笑みを返した。

「アリス?」
「――『リラ』で良いよ。ダミアン」
 私は小さく首を振る。彼は心得たように会釈をした。

「そうですか。では、畏まりました、リラ」
 彼の微笑みと、紅茶の香り。ソファに腰を沈めると、ああ、やっと戻ってきたのだなと実感した。
 今は私の居場所。まだ、僅かな時間しか過ごしていない部屋だけれど。

「あ、それから……」

 だから私は、あの長い廊下を歩きながら考えていた言葉を、そのまま彼に託すことにした。