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小さな鍵と記憶の言葉

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「たくさんのものが自分の周りに集まって、それを今度は消していかなければならないとして。それが罪なのなら廻り合った事も罪になるのではないですか」

 ルーシャが私から視線を外し、再び空の箱を拾い上げ始めたのを見て、それに従う。彼は手を動かしながら、依然として問いかけを重ねる。
「君はそれを、罪だとは思わないと?」
「はい」
 私は小さく頷いた。床に残っていた最後の2冊を手に梯子を戻る。
「何も無い瞬間と比べることは出来ないし意味がないけれど、そこからまた新たに生まれるものを考えれば、むしろそれは望むべきことです」

 一冊を、本棚の隙間に埋め込みながら。もう一冊が何処に納まるべきか探しながら、言葉を思うまま繋いでいく。
 思い出すのはベンチに置いてきてしまった楽器のことだ。入部したての頃はもちろん自分の楽器なんてなくて音楽室の備品を借りて演奏していた。長年使われてきた楽器は今思えばやっぱりメンテナンスが甘く、正しい音を出すにはコツが必要だったりした。最初はずっと自分だけの楽器が欲しくて仕方なかったのに、別れは寂しかったし、やっと手に入れた自分の楽器も、吹いているうちに思い出すのはクセのある柔らかな音だった。
 どんな演奏をしてきたのかは今だって思い出せる。あの楽器との出会いがなかったら今の私は居なかった。もしかしたら途中で飽きてしまっていたかもしれない。あのクラリネットなくして私の吹奏楽生活は成り立たない。

「その派生が、また新たな罪を作り出すとしても?」
「それは……」

 彼は問うた。私は手を止め、振り返る。自分の考えが浅見だったのではないかと急に申し訳ない思いに駆られる。
 こんなにたくさんの思い出を抱えるひとを前に、罰ではないと簡単に否定してしまう愚かさ。だから私は幼稚なんだ。表面に見えたものだけ拾って、あたかも名案のように広げてしまう。なんて子供っぽいことだろう。
 言いあぐねていると、ルーシャが目を細めた。まるで眩しいものでも見るように、少しだけ悪戯っぽい色を混ぜ込む。

「いや、すまない。少々意地悪が過ぎた」
 そう言っては私が最後の一冊を押し込むのを見守って、手を伸べた。
「そうだな。廻り合ったからこそ、我々は多くのものを得て選ぶことが出来る。例え向かう先が白い霧に覆われ見えずとも、霧の先は闇かもしれないし、光かもしれない」
 私はその手を頼るように梯子を降りて、そっと絨毯の上に靴の裏を乗せた。

 着地する瞬間、首にかけていた鎖がエプロンドレスの間から零れた。それを仕舞おうとする暇もなく、ルーシャが掬い取る。
 あ、と思うより先に注がれる視線。

「この鍵……やはり新しい《アリス》だったか」

 鎖の先には金色の小さな鍵。白兎に寄越された、玩具のような鍵だった。じっと注がれる彼の眼差しと言葉で、その意味を知る。私は項垂れた。

「黙っていてすみません」
「構わない。それに安堵した」
 ふっと目元を和らげて、ルーシャは小さく息を洩らす。そうして首を左右に振った。
「どういう意味ですか?」
 思わず聞き返した私の言葉に、彼は悪戯っぽく口角を持ち上げる。
「今度のアリスは、思慮深く麗しい少女のようだからな」
 けれど藍色の瞳の輝きだけは真っ直ぐで。私は堪らずに絨毯に視線を逃した。
 ふと、その上に彼の影が被さる。ルーシャは鍵を掴んで留めていた左手を離し、右手で私の手を取ったまま頭を垂れた。

「『私は想緑夏(xiang luxia)。この城では《芋虫》の役を担っております。芋虫は、古くはオブザーバー。アリスの行く道の先を示しながら、多くはアリスのその声に耳を傾けましょう』」

 左手は自らの胸元に。何かを祈るように軽く握り込んで。
 穏やかさを込めた言の葉が唇から伝い落ちる。広い部屋。窓の外に灰青色の空が大きく拡がり、その傍らを切り取るように白い影が羽ばたく。
 私はその全ての光景を、それこそ夢の中のような心地で見守っていた。

「アリス。どうか、貴女がこの城の中で私達を見守ってくださいますように」

 遠くで何かを知らせるように、時計の鐘が響いた。