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小さな鍵と記憶の言葉

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 彼に引き連れられ辿り着いたのは、雑然と散らかった一室だった。
 アリスの部屋とまではいかなくても、天井も高くて随分広い部屋なのに、所狭しと様々なものが積み上げられている。一番多いのは本や綴じられた書面で、本棚に入りきらないものがテーブルや棚に無造作に積んである。他には鍵のかかった小物入れや何かが入っていた空き箱に瓶、動物を模った置物、スノードームに水時計。
 それでも、埃の影はない。掃除がされていないというより、必要なものを全て詰め込んだような。

「手持ちが増えてしまったのでな。片付けなければばらないと知っているのだが」
 つまり、手を貸せというのは『整頓を手伝って欲しい』ということらしい。半ば見惚れるように入り口で立ち尽くしているうちに、男性は自ら本を拾い上げ始めた。黒よりは藍に近い、流れる様な長髪。そして今更ながら首を傾げる。

「そうだ。君、名前は?」
「私は……リラ、です」
 戸惑いながら自分の名前を告げる。白兎が私に押し付けてきた名前ではなく、生まれた時から持つ、両親に貰った私を表わす名前のほうを。
 ちょっとぎこちない返答になってしまったのに、彼は気にしないのか気付かないのか、さして疑問を持つ風ではなかった。
「それでは、リラ。君はそこの書物を本棚に戻してくれるか。私はこの床に散らばった置物や欠片を全て仕舞わねばならぬからな」
「あの」
「何だ。何か不都合があるか」
「いえ、そうじゃなくて……」
 彼は軽く頷いて、てきぱきと指示を出した。尚も動けずに居る私に、ふと微笑みを浮かべる。
「私はルーシャだ。ああ、本棚は題名と背表紙の色をなるべく揃える様に頼もう」
 果たして二人で終わる量なのかは分からないけれど、とりあえず一人でやるよりは効率がいいかもしれない。私は諦めて、言われた通りに鏡台に積み上げられていた本を壁際の本棚まで運んだ。
 本棚の抜き取られている部分と、床に重ねた本を見比べる。パラパラと見比べた感じでは、どうやら使われている文字は英語らしい。高校レベルの単語でなんとか拾い読みできるし、タイトルが同じかどうかくらいなら確認できるのでどうにかなりそうだった。

 それにしても、なんて大きい本棚なのだろう。
 部屋の天井だって随分高いのに、悠々と届いてしまう背丈だった。一番上の棚を出し入れするには備え付けの梯子を使わないと届かない。とりあえずは床に積んだ本を同じ色毎にまとめて、そのうちの2、3冊を抱えて梯子を上る。最初は下のほうから、次第に上の段へと移動していった。

「長い月日が経つと、居る物と要らぬ物の区別が付かなくなる。全てが必要なものだった気がしてならない。本当は選ばねばならないのだが」
 黙々と本を仕舞っていると、足元からルーシャの声が上ってきた。私は思わず、声のほうを見下ろした。彼もまた、大事なのか煩雑なのか分からない『宝物』達をひとつひとつ吟味している。色付きガラス瓶の中にはじゃらじゃらとビー玉。根付の欠けた扇子に灰皿みたいな大きなお皿。結局分別が出来たのか出来ないのか、私には分からない基準で右と左に並べられていく。
「消えてくれれば助かると、願うことはないか? 自らの手で消すのが辛いから、ならば一層、静かになくなってくれればいいのにと」
 それは今彼が手にしている欠けたティーカップのことを言っているのだろうか。それとも色の褪せた本の話をしているのだろうか。
「結局のところ、侵す罪が同じであることには変わらぬのに」

 彼の言葉に導かれるように、飾り棚から空き瓶がひとつ転がり出る。それは音もなく敷板の端まで転がって、そこから下に、ゆっくりと落ちていった。

 ガシャン。
 小さな音が部屋に響く。けれどそれは共振するように耳の中に留まって、後に残ったのは硝子の残骸だった。

 ルーシャが綺麗なエメラルドグリーンの欠片をひとつ拾い上げる。ひやりとなめらかな表面。その内側に私の顔が映った。沢山の宝物で溢れた部屋に紛れる私が。
「だから、捨てたくないんですね」
「そうだな」
 私が呟くと、彼は淡く笑う。淋しげな影が頬に落ちた。彼が捨てたくないものは、一体何だろう。

 きっと過去に持ち主が大切にしていたであろう遺物達。愛するがゆえに欠け、朽ち、寿命を早めていく宝物。あるいは寿命よりも早く主人が飽きてしまった嗜好品。
 息をして、心臓が鼓動を鳴らす生物であれば確定する別れの瞬間。けれど血の通わない無機物は、持ち主の裁量でその最後を決定することも出来る。
 まだ使えるかもしれないのに、そう思いながら、次の利便性を求めて新たな別れを形作る。それを責めることは誰もしない。責めるのは、きっと自分だ。

「でも……」
 私は左右に首を振った。
「――でも?」
 すぐ傍で声。藍色の瞳と目が合った。言葉の先を求められ、一瞬たじろいだけれど、私はすぐにその続きを彼に返した。

「それは、罪だと決まっているのでしょうか」

 藍色が深く透き通る。ただじっと、私を検分するように見つめて更に言葉を追求する。