小さな鍵と記憶の言葉
ほとんど無意識に、いつのまにかその場所にたどり着いていた。
下校用のバスに乗るつもりは最初からなくて、夏と秋の間の風景は昨日と――あの日と何も変わらない。
やっぱり、どうしても忘れられそうになかった。数日経った今も、あれが夢だとは思い切れなかった。自分がどうしてこうも落ち着いていられるのかもよく分からないけれど、仕方がないのかもしれない。私が向こうに行ったのは白兎に引きずり込まれたからで、私から穴に飛び込んだ訳ではないから。
勿論、この公園で何が見つかるとも思っていない。何もなくてもいい、でも、目を逸らしたままでは何も終わらすことは出来ない。始めることすら、出来ない気がしていた。
結局は、私の自己満足に過ぎないのかもしれない。
夢、長い夢。私にとってあれは夢なんかじゃない。
「みんな、あれからどうしたかな」
もう一度、会いたい。
だって、おかしかった。『もう充分だ』なんて、どうしてあの場面で口にしたんだろう。
私は焦っていた。
ひりひりしたままの手の甲、けれど確実に痛みは和らいでいるから。
こうして忘れていくんだろうか。不安ばかりが込み上げていく。早くしないと、今度こそ本当に二度と会えない。何故かそう強く感じていた。
しばらくうろうろしてみるものの、何も手掛かりがなくて途方に暮れる。試しにベンチに座ってみる。眠くもならなければ、時計の音もしない。
「やっぱり、何もないか」
けれど、ポケットから取り出す小さなもの。そこに確かに入っていた金属質の細いもの。着替えるときにはじめて気付いた、首に下げたままの金の鍵。そういえばこれは、最初にフィンに貰ったものだった。
「何て言ってたっけ。確か……」
『この世界の鍵』
『君は鍵を握る存在。この世界を閉じようと続けようと、君の意思次第』
「――私の意志次第?」
思わず、その言葉を反芻する。
これはあの世界の鍵だ。そして、今私はそれを持っている。どう使おうと私次第だと、長い耳を持たない兎が言っていた。
だったら、私が望んだらどうなるの?
鍵を握り締めながら、居もしない彼に尋ねる。
「どうなるの。教えてよ、フィン」
作品名:小さな鍵と記憶の言葉 作家名:篠宮あさと