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小さな鍵と記憶の言葉

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2 なみだの海と不思議の世界 “The Pool of Tears”


 目を開けると知らない部屋にいた。
 どこかのお城か、高級ホテルのような立派な内装。天井板には上品に透かし彫りの蔦模様があって、揃えられた調度品も古風なものの、細やかな装飾が施されている。サイドボードには金色の燭台。その机さえピカピカに磨かれている。
 ここはどこだっけ。
 目覚めのせいで記憶の繋がりが曖昧だった。私が何故ここにいるのか、どうしてここにいるのかを考えようとして混乱する。身体を起こすと、天蓋の薄い布の向こうから誰かが声をかけてきた。

「まだ横になっているといい」
 聞き覚えのある声。どこで聞いたかは憶えていない。でも、最近聞いたような。
 ぼんやりしていると、紗幕を捲って青年が顔を覗かせた。私はそれを見て息を呑んだ。

「おはよう。大分落ち着いたみたいだね」
 彼には見覚えがあった。けれど、決して知っている人じゃない。顔見知りですらなかった。
 思い出されるのは、鮮やかな湖の青色。そして真っ白な光。睨みつけると、何を思ったか柔らかく表情を繕った。
 私は慌ててベッドの上から飛び降りた。
 とはいっても大きなベッドは実際には足を伸ばしても淵から床に届くこともなく、ずりずりとスプリングの上を這ってやっとのことで床に下りることが出来た。
「服は使用人に言って着替えさせたよ。元の服がいいなら、そこにあるから着替えるといい」
 指差されたベッドの反対側、クローゼットらしき大きな棚の横には見慣れた制服が綺麗に調えられて置いてある。とっさに自分の着ている物を見下ろす。
 それは今まで着たこともないような、レースとリボンのあしらわれたワンピース。前面には汚れ防止の布が宛がわれている、いわゆるエプロンドレスというものだった。

「……夢じゃないんだ」

 重い重い溜め息を吐く。
 噴水で、あの湖で、私を呼んだ人。私の手を掴んで引きずり込んだ人。艶やかに黒い髪はもう乾いているように見えた。
 噴水に落ちたことも、気がつけば湖の側にいたことも、彼が目の前に現れたのも。
 それともここはまだ夢で、私は目が覚めたつもりでいるだけだろうか。
 もう一度ベッドの中に潜り込めば、正しい現実に戻れるのだろうか。

「ここはどこ? なんなの、あなたは誰なの……?」
 私は半ば諦めたような心境で彼に聞いた。どうしてこうなったのかはどうでもいい、とにかく、家に帰らないと。
 けれど、彼の口から出てきたのは知らない地名で。
「ワンダーランド」
 ううん。地名かどうかさえ怪しい、聞いたことのない名称。
 私が首を傾げると、彼はまた目を細めた。

「ここはワンダーランド。僕は此処の白兎だよ、アリス」