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小さな鍵と記憶の言葉

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 どういうことなのか急には理解出来なかった。やがて瞬きを繰り返すうちに、夢を見ていたのだろうと気がついた。
 長い長い夢、けれど確かに存在した夢。それが私の作り出したものかは分からないけれど、この秋空の下に薔薇の香りも振り子の音も届いては来なかった。

「如月さん?」
 それが自分を呼ぶ声だと気付くには少し時間が欲しかった。何故だか、その呼び方が私を指すものだとピンと来なくて。さっきまで私は何と呼ばれていたのか、誰の声が呼んだのか、首を巡らして確認した。

「何してるの、こんな所で」
 改めて自分が居る場所を噛み締める。夏の暑さの薄れてしまったベンチに、きらきらと水の輝く噴水。そして目の前には一人の男子高校生が立っていて、不思議そうに私の顔を覗き込んでいた。
「え…? うそ……どうして?」
 彼には見覚えがある。あるもなにも、いつも走り込んでいる姿を眺めていた。クラスも部活も違えば接点なんてないけれど、彼は確かに私の名前を呼んだ。鉦原瑞穂君だ。
「どうしてって、俺が聞きたいよ」
 鉦原くんは少し困ったように呆れたように眉根を寄せて、
「いくら開放的で健全な公園でも、女の子がうたた寝はさすがにまずいでしょ」
 苦笑しながら私の居眠りを嗜める。慌てて携帯電話を見れば、液晶画面の表示は眠り込む前と何も変わっていない。ただ時計の針だけが少し、三十分ほど先に進んでいる。

 夢――夢だったのだろうか。耳を澄ましても誰かの声は聞こえない。紫色の哀しげな瞳は、瞼を閉じた瞬間だけ思い出すことができた。
 私は立ち上がって、覗き込んだはずの噴水へと近寄った。やっぱり鐘の音は聞こえてこない。その代わり、淵についた手の甲がちりちりと痛んで、私に存在を示す。
 階段の手摺にぶつけた時の傷。そのはずだけれど、残るのは痺れだけで、そこには傷痕ひとつ見当たらない。騎士の姿もトカゲの姿も、最後に笑った彼の顔も、ぼんやり思い出すことしか出来ない。

「フィン……?」
 握り込んだ手の甲につめたい飛沫が届いて、私の声はか細く水音に紛れてしまう。