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小さな鍵と記憶の言葉

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 沈黙は永久のようだった。
 広い城の中、三階最西の廊下。普段から人通りの少ないその階段には、私達の他に人影はない。
 私と、フィンと、ケイと、ガーネット。頭上の窓の外では相変わらず薔薇が咲き誇り柔らかな風が吹いているというのに、今はどの息遣いも遠く思えた。のろのろと拡散していく緊張した空気。敷地の反対側にある時計塔の振り子の音だけが何故か妙に近い。

「ガーネット」

『ガーネット』

 困惑に埋もれた紅い瞳。きつく拒絶したはずの声は揺らぎ、彼女は自分が思っている以上に動揺しているらしかった。だから私がゆっくりと階段を降りていくのも何も咎めなかった。やがて、彼女へ手を伸ばせば届く距離までたどり着く。フィンもケイも緊張した面持ちで私のすぐ後ろに着いていた。
「駄目だ」
 そのまま手を伸ばす。けれどそればかりはもう少しの所でかわされてしまった。

「その名前は、やはりまだ受け入れられない」
 力なく首を横へ振った。それでも距離は、ずっと近い。ガーネットが…セレスタインが私を振り仰ぐ。
「けれど……一つだけ、聞きたい」
「うん。なに?」
 薄く開かれた唇が、そのまま降下してしまう。きっとそこにあったのは本心だ。ためらいと共に、その感情の代わりに見つけた言葉を、彼女は改めて声に載せる。

「私は今もここに存在しているか」
 柘榴石の赤。炎の紅。けれども、貫くような鋭さはもうない。迷子の心細さだ。答えに自信がない瞬間に似ていると、すぐに察知することができた。それは私にも覚えがあったから。
 返答の前にもう一度手を伸ばす。彼女の手の甲へ向かって、両手を伸ばした。こわばった指先は、それでも逃げ道はなかった。逃げる必要がなかった。
 包み込むように、その手を取る。剣を握らないほうのなめらかな掌。一瞬だけ逃れようとしたそれは、思いとどまったようですぐ大人しくなる。

「いるよ。ほら」
 届くのはぬくもりだった。伝わるのは、せめて私の心であってほしい。私より幾分か華奢で長い指。ひやりと冷たい指。私はセレスへと笑いかけた。

「貴女は私の目の前にいて、貴女の声が私の耳に届いて、そしてこうして温かい。どうしようもないくらいの証明にならない?」
 丸く見えるくらいの、見開かれた瞳。幾度と瞬きを繰り返した。それから僅かに口角が上がる。本当に僅かに。真正面から覗き込んでいなければ見逃してしまうくらいに。
 けれど。けれどそれは確かに――微笑んだように見えた。