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それから10年ほど経った。「ながれ」はその日、車庫で休んでいた。いや、その日だけではない。ずっと前から「ながれ」は車庫にいた。車庫にいて、そこから出ることはなかった。

「ながれ」は使われなくなった。川沿いには新しく道路が出来ていた。丸太の積出はトラックが行うようになり、木こりはバスで移動するようになっていた。「ながれ」は、完全にお払い箱になってしまったのだ。

「どうして、横山さんは来てくれないのかな……」「よしの」は呟いた。
「僕たちは……、お払い箱になったんだ」「ながれ」が答える。
「お払い箱……って?」「あかり」が尋ね返す。
「皆僕たちより、バスやトラックの方が良いんだよ。バスやトラックの方が速いからね」
悔しそうに「ながれ」が言った。
その時、車庫の外から足音が聞こえた。
「横山さんかな?それか作業長の山下さんかも」
「ゆり」が少し期待するように声をはずませながら言った。
やがて、車庫の扉が開いた。
外の光が車庫の中へと注ぐ。眩しさを堪えて「ながれ」が人影を見ると、それは横山さんと鉄道の持ち主だった。

「「ながれ」たちはどうなるんですか?」
横山さんが言った。「ながれ」には横山さんは、前より大分老けたように見えた。
「どうしようもないな。もう蒸気機関車は誰も必要としていないんだ。スクラップにするしか無いよ」鉄道の持ち主が答えた。

――――すくらっぷ……?

「ながれ」の中で「スクラップ」の言葉が響いた。押しつぶされて鉄塊にされる。それはつまり自分が誰の手にも必要なくなってしまったということだ。

「ながれ」は車輪が線路から浮き上がってしまうような感覚を受けた。客車たちも同じだ。

「とうとう本当に役に立たなくなってしまうんだ。残酷だよ。今まで僕は人々のために一生懸命働いてきたのに。用が済んだらお払い箱で壊される。こんなに酷い事って他にあるかい」
「ながれ」が嘆く。そうして今までのことを思い出し始めた。

晴れの日も、風の日も、雨の日も、雪の日も、「ながれ」は走り続けてきた。貨車を牽いたり、客車を牽いたり、押したり、様々な仕事をこなした。
「よしの」も「あかり」も「ゆり」も頑張ってくれた。客車達はこの鉄道に来る前にも別の鉄道で働いていて彼女たちは古かったけれども、彼女たちは上品で、お客さんを丁寧に扱った。

横山さんは優しかった。「ながれ」に毎日丁寧に油をさし、そして磨いてくれた。作業長の山下さんもだ。

人々を、丸太を運び続けた。車掌が旗を振り、笛を吹いて出発。日常。

「ながれ」は何よりも、人の役に立つことが幸せだった。「ながれ」がそこにいることは余りに当たり前だったけど、人々は「ながれ」に感謝していた。

もう役に立てない自分にはこの世にいることが出来ない。「ながれ」は分かっていたけれども、とても悲しかった。

「僕たちが必要じゃなくなったんだ」

鉄道の持ち主と横山さんが去ると「ながれ」はそのまま眠ることにした。



何日か経った。また車庫の扉が開いた。威勢よくだ。横山さんが数人の男を連れて入ってきた。

「おい、「ながれ」、喜べ。お前、この鉄道の跡に出来る公園に置いてもらえることになったぞ」
横山さんが心から嬉しそうに声を明るく弾ませながら言った。

「「ながれ」たちはこの村の発展のために非常に役に立ちましたからね。この功績を忘れない為にも保存しておくのは当たり前ですよ」
メガネを掛けた男が言った。

「ながれ」は静態保存されることになったのだ。

「僕は、飾られるのか……。もう走れなくなるのは残念だけど、この鉄道を偶に思い出してくれるならそれもいいかな」

「ながれ」はそう思うと、少し嬉しくなった。また鉄道好きの人が写真を撮りに来てくれるかもしれない。それだけで救われたような気がした。

「ながれ」はペンキを塗り直され、鉄道の本社の近くに新しく作られた公園に移された。「よしの」「あかり」「ゆり」も一緒だ。公園の南側が切り立った崖の下になっていて、そこの桜の木の近くに線路が敷かれ、その上に設置された。

子供たちが絶えず遊びに来てくれた。男の子たちは「ながれ」によじ登ったり、機関室に入って運転ごっこなんかをして遊んだ。「ながれ」は、それがくすぐったかったが悪い気はしなかった。また新しい生を得たような気がして、とても幸せだった。

「よしの」「あかり」「ゆり」達客車の中では、女の子たちがおままごとをして遊んだ。

子供たちのいたずらで汚れることもあったが、休日に横山さんがやってきて汚れを落としてくれた。横山さんは今、村の学校の用務員になった。毎日子供たちに囲まれて楽しく働いているようだ。浅黒い笑顔にはめっきり皺が増えていた。

春も夏も秋も冬も「ながれ」たちはそこにいた。