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谷間に小鳥たちの鳴き声が響く。緑の絨毯が敷き詰められたように草木生い茂る谷間は、太陽の光を浴びて草のいい匂いに満ちていた。

そんな谷間を、蒸気機関車が牽引する列車が走っていく。丸太を沢山積んだ貨車の後ろにはこれまた満員のお客さんを乗せた客車が連結されていた。いつも客車のデッキで歌っている鈴木のおじさんが、今日も調子っぱずれな流行歌を歌っていた。

「彼」はとても幸せだった。この鉄道で働けることを何より幸福に思っていた。この川西軽便鉄道は木材輸送の為、30年ほど前に開通した鉄道だ。「彼」は最初からこの鉄道にいた。30年ずっと丸太や、木こり達を運んできた。それが「彼」ことタンク機関車の「ガ-2号」だ。

ガ-2号は4月にこの鉄道にやってきた。線路沿いの石合川はその時期雪解け水で流れが急になる。だからガ-2号は「ながれ」と言う名前を貰っていた。機関士や助手、車掌や木こり達は親しみを込めて「ながれ号」と呼んだ。「ながれ」はこの名前をとても気に入っていた。

「ながれ」には3両の客車がいた。客車達は木製で、それぞれ「よしの」「あかり」「ゆり」という名前がつけられていた。「ながれ」はこの3両の客車をとても大事にしていた。客車を大事にすれば、中にいるお客さんも一緒に大事に扱うことになる。「ながれ」はお客をとても大事にしていたから、客車を大事にするのもあたり前のことだった。

のっぽの煙突からもくもく白い蒸気を上げて、「ながれ」は線路を進む。4つの動輪に力が入り、緑の谷間を往く。「ながれ」はもう30年もここを走っている。もうすぐ谷間を抜けて森に入ること。森の中は薄暗いのでスピードを落とさなければならないこと。全て分かっていた。機関士の横山さんも同じだ。森に入ると、「ながれ」のスピードを緩める。

横山さんもずっとこの鉄道にいた。「ながれ」がこの鉄道に来た時からだ。「ながれ」と名前をつけてくれたのも横山さんだ。「ながれ」は横山さんのことも好きだった。浅黒い笑顔に、「ながれ」は親近感を抱いた。真っ黒な自分に似ている気がしていた。

やがて森を抜け、小高い丘を登る。丘を登って、下れば終点の石合駅だ。今日も日常の、当たり前の仕事をこなす。当たり前だけれども、「ながれ」はこの仕事に誇りを持っていた。「ながれ」が居ないと木こり達は仕事に出ることも仕事から帰ることもできないからだ。

「ながれ」は、この当たり前の日常が永遠に続くと思っていた。今まで30年ずっとこの鉄道を走ってきた。これからもずっと走り続けるつもりだった。