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天国へのパズル - ICHICO -

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 その姿を見て、ジンはどこか安心していた。少なくとも過去に縛れているのは自分だけでは無いのかもしれない、と。
 それに、ジンの心中にはアルトを放り出す気分などとうに失せていた。
 自分を保つ存在をこれ以上無くしたくないと誰もが思うものだ。それが失いたくない者にしても。もしくはどちらでも無いにしても。

「同じ人に会えるよ、……か。」

 ゆっくりと夢の中の「彼」が言っていた言葉を繰り返してみた。言葉の意味に対して現実感が沸いてくるどころか、逆にその響きを空しく感じた。
 夢に出てきた彼の意味深な発言はいつもの事だが、今日のはいつにも増して神懸かっている。言葉の意味はそのままなのだろうけれど、何をもって同じなのか、さっぱり見当がつかない。意識が戻った今ですら、根拠となる内容を投げかけて来る気配すら無かった。
 ジンは完全に覚めた頭を軽く振って立ち上がった。被っていた毛布を隅に置き、瓶の山を壁に寄せていく。
 考えるよりも動く事が重要だ。調査関連で確認作業に動く事は、基本中の基本に挙げられる。それに、確認中に発見したものが答えを見つける切っ掛けになる場合が多い。

「…さっさと起きろ。」

 最終作業が如く、ぐだぐだと寝ているアルトをベッドから蹴り落とす。ベッドから落ちた痛みに対しての奇声を聞いても、動揺など皆無だ。
 男など金儲けの仕事対象としか思わない者に、営業染みた優しさ等不要だ。キスで起こす趣味など毛頭無い。
 蹴落とされたくないと願う前に、眠れるカエルを叩き起こす王女様でも呼べばいい。
 己がキス一つできっちりと起きる自信があったらの話だが。


 ***********************


「本当に吃驚したわよ。あれには。」

 軽く腰を掛けたまま、見ず知らずの眼鏡男の目の前で打ち明ける彼女の言い分はこうだった。
 彼女の住むアパートメントの隣室に気味の悪い男が住んでいた。
 痩せこけた中年の男で、愛想も悪ければ人付合いもしない。なので職業も不明。ここ最近では、屋外で姿を見る事は無かった。ただ、アパートメント近くの売店にいる売り子が新聞を毎朝届けていて、その都度きちんと新聞代をと払っていた事が、彼の「生きている」証明だった。
 そんな変わり者の住む隣の部屋から変な物音が聞こえた。
 とりあえず、隣人の動向がおかしい上に叫び声が聞こえた事を、多少オーバーにして警察に通報。
 それから10分ほどして何故か軍の公安部がやってきた。踏み込んだ所、爆音と共にドアが内側から吹き飛ばされた。ここで既に何人かが廊下で転倒。それと前後するように別の場所で窓ガラスの割れる音、次いで駆け込む足音と銃撃音が響き渡った。
 様子を伺おうと彼女は部屋の窓から外を見ると、この辺りでは見覚えのない少女がこちらを見上げていた。そして視線の先にいる彼女の姿を見つけると大通りに向かっていった。
 部屋には住人である男の惨殺死体が残されていただけ。部屋は爆発で焦げた部分以外は、男の血で染まっていたらしい。
 まさに絵に描いたような容疑者達の逃走劇を彼女は見たわけである。
 渡された調書以外の脚色も織り交ぜられ、聞いていない事柄まで熱く語ってくれた。それこそ私は全てを見ていましたとばかりに。

「元々気味の悪い人だったけど、殺されてるなんて早々思わないわよ。……っていうか犯人はあれでしょ?今噂のあいつら。……あの後新聞で見たのよ。全く気味の悪い話よね。ここもこんなに治安が悪くなるなんて、気がつかなかったわ。うちは子供もまだ小さいし、やっぱり引っ越し時なのかしら……で、どうなのよ?あんた、刑事?それとも新聞の記者?」

 質問したかと思えば、もう次の話題。
 間髪入れずに喋りたいことだけ喋って、聞きたいことを間に入れる。
 話術に長けているのか、それとも話好きなのか。おそらく後者だ。
 話を聞いている間に子供の事、今やっている内職の話、はては隣のビルにある病院の院長の浮気現場を目撃した事件まで喋っている。
 そのせいなのか、彼女の着ている色あせた小花柄のシャツはひどく安っぽく映り、隈の残る顔を更に不健康に見せていた。これ以上話を長引かせたくないのか、眼鏡の男は柔らかに笑いながら口を開く。

「いえ。違いますよ。ちょっと気になることがあって、個人的に調べているだけですので。」
「あらそう、……ご苦労様。頑張ってね。」

 喋るだけ喋ったところで興味を失ったらしい。眼鏡の男は愛想良く会釈をしてその場を立ち去った。
 少し離れた通りの向こうにいる男の元へ向かう。さっきまではすぐ傍らで別の人間に話を聞いていた筈なのに、気が付くと煙草を吹かしながら通り過ぎる浮浪者に会釈をしている。

「……営業メガネ、もう終わりか?」

 友人をメガネ呼ばわりした男は、小馬鹿にするようにニヤニヤ笑いながら此方を見上げると、煙草をフィルターのギリギリまで吸い尽くして排水口に捨てた。吸い殻はシュッと軽い音を立てて暗闇に消えていく。
 やる気の無い態度も、人を馬鹿にした様な言い草も、全ては起き抜けにベッドから蹴り落とした事についてへの文句だろう。明らかに八つ当たりの対象は、見ず知らずの人々にも向いている様子だった。普通に歩いているカップルにまで野次を飛ばしていた。hollyhockの関係者が見れば、軽くアルトに拳を振り上げているかも知れない。
 しかしながらここは街中。そこまで許容量の深い人物が傍らにいない。そして、これ以上文句を言われるのも迷惑だった。不機嫌な気持ちを抑え、ジンは文句の多い煙草男に移動を促す。
 立ち上がる姿を見ながら眼鏡を掛け直し、街灯の華やかな場所へ歩を進めた。

「大体は貰った情報そのままだった。」
「こっちも右に同じ。クローディアからの情報以上の物は見つからず……んじゃ労働メガネの言うまま次にいきますかぁ。」

 文句を聞きながら通りを一筋ほど歩けば、そこは徒花の咲き誇る風俗がメインの歓楽街。
 つい先程、話を聞いた女の子供が哀れに思えた。殺人事件以前にここで子供を育てる事の方が、子どもに悪影響あるのではないか。別に考えなくてもいい事に気を回してしまう。
 しかし、殺人だろうが色町だろうがここは花街。来客数と純利益で豪華絢爛な雰囲気が損なわれないし、そんな場所である事は不動の地位を築いている。用向きは何にしろ、やって来るのは一般市民に該当する発展途上の若い野郎共、ピラミッドの頂点にいる政府関係者、高額所得番付に含まれる裁判所高官、取り締まる側である警察官僚達だ。出入りする顔触れは多種多様で、買われる花も様々。派手なネオンと同じ様に、色とりどりに染まっている。
 育つに困れど、仕事に困る事は無い。
 そんな考え方は国家にしろ街にしろ、そこいらに転がる石のかけらの一端まで染み込んでいた。
 例えば、この中央府を管理する連邦政府の制服。
 表向きには平和維持を掲げ続ける政治体制を意識して、基調は暗くくすんだグリーンで構成され、深めの奥襟に特徴のあるコートが印象的なデザインだ。