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天国へのパズル - ICHICO -

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 ちゃんとコート以外にも業務動作や階級に合わせた形式や型番が存在し、役職に合わせた風体などは統一感に溢れていた。街の創世期時代に活躍したデザイナーが手掛けたと言うだけあって、誰が着ても目を引く。
 ある程度の努力をすれば、トップクラスから底辺で暮らしている誰もに、最上級の暮らしができるチャンスが存在していた。
 但し、望む内容と同じだけの金と人脈と才能があればの話だ。
 現実は甘さ以上に厳しさを抱え、大概が一部分の人脈にのみチャンスは限られている。たとえ一時的な内容で制服を着る事が出来ようとも、中身まで最上級の保証が出ている訳ではないのが日常だ。現に軍の安全保障関係とデザインが酷似した藍地の制服を隣りで煙草を吹かす馬鹿が着ている。
 ちなみにジンは、身元を伏せて図書館の臨時職員とhollyhockでの依頼請負い業、アルトはhollyhockでの依頼を除けば殆どが転職だらけの日雇い労働になる。去りし日を思わずとも、底辺での生活に同じだけ身体を酷使すれば、どんな状況でも生きる事ができる。
 そんな逆境だらけの状態になれば、考える事まで同じ考え方になっていく。
 やられたらやり返せ。

「今日の服装は便利そうだな。……紋章違うだけで関係者スジとほぼデザインが一緒。着ているだけでクローディアがくれた書面は調べ放題、横柄な言動も追求されず。仕事の為に服だけすり替えたいところだ。」
「なんだよ。男前な顔まで変えたいのか?」
「そこは遠慮する。その顔になって商売女にモテても、借金と不幸まで押しつけられそうだ。」

 表面上は気のぬいた話と見せつつ、腹の底では納得できない雑言への文句を、言葉の端々に塗り込んでいく。聞いている人間からすれば、こちらが正論とばかりに棘を仕込む。
 お互いに腹立っている訳では無い。ただ、言葉に対して言葉で対処するのが2人の間で当たり前になっていた。日常通りに帰ってくる言葉は、いつも通りの切り返しと反論に溢れていた。

「てめぇ……地味に仕返しすんな。それにこの制服、便利なようで意外に便利じゃないの分かってるのか?さっきもお前みたいな見間違えするおっさんに石を投げられ……」

 歩きながらの漫談を逸らすと、視線の先に二人の人影が見えた。
 薄暗い通りの道端にいるのは禿げの目立つ中背の男と、ショットガンを持った大柄な男の二人組み。胡散臭そうな顔つきに見覚えは無かった。それにも関わらず、こちらの様子を伺いながら向かってくる。
 夢に出てきた記憶の中にいる人と、聞こえている筈の少年に対して心の隅で敬うように囁く。

 自分の進んでいる道はきっと貴女に誇れるモノでは無いだろう。
 そして自分と同一のモノを抱えた奴に出会うかもしれない。
 それよりもまずは商売敵が目の前に現れる。これが今、自分の抱えている現実だ。


 ***********************


 誇りを守るために戦うべきか。
 人形のように意思を持たずにいるべきか。
 生きるも死ぬも全ては自分の選択次第。
 ヨリにとって小さな朗報の訪れがその運命を分けた。

「ほら。知ってるならさっさとてめぇのご主人様の行きそうな場所言えよ。」
「俺らが何してる人なのかぐらいは分かってるんだろ?」

 ヨリの元へ唐突に訪れた男達は、これだけしか言わなかった。
 何回も繰り返し聞かれて、ヨリには『ご主人様』とは誰の事なのか大凡の察しが付いていた。
 ここに来る時、入国監理局に先生がヨリの保護者として書類を書いていた。そこから【先生=『ご主人様』】が由来しているのだろう。
 だが、何があって先生を探しているのか二人とも全く口にしない。しかも話を聞く間に一人はずっと煙草をふかし、もう一人は反抗的なヨリと話す事すら疎ましげに痰唾を掃き捨てる。
 国家の権力を笠に着て、目の前にいる人間の意思を無視した対話など、誰しも不愉快に感じる。
 ヨリの目の前にいる男二人に至っては、威圧感を出しておけば相手が簡単に口を開くと思っているらしい。
 ヨリにとっては、その姿勢が不愉快そのものだった。イデアだった事が分かる度に、人として扱われなくなる立場だからこそ、思慮を欠いた行為に過敏に反応してしまう。
 そして。ヨリはその腹ただしさを不躾な質問に口を閉ざす事で晴らしていた。

 ご主人様なんて知りません。
 ここにいたのは先生とヒナと私だけだと言う事ぐらい知ってるんでしょう?
 人に物を訪ねるなら、もう少し口の聞き方変えて、人形紛いにも礼儀を弁えて話し掛けて。

 普通に話の出来る奴だと思ってくれるなら、文句は成り立つ。しかし、この二人はヨリの聞きたい事など口にしたりはしないだろう。

 先生は生きているのか。
 何故先生を探すのか。
 何故私にそんな事を聞くのか。

 すべての疑問を問う代わりに当り障りの無い言葉を並べる。

「私は先生の居場所も知らなければ、行きそうな場所も知りません。お帰りください。」

 言うと同時にヨリは頭をつかまれ、壁に押しつけられた。瞬間の衝撃で息が出来ず、声も出なくなる。
 軽い暴力に訴えようとも、知らない事は知らない。役に立つ物は何も出てきやしないと睨みつけると、掴む場所を髪に持ち替え、頬に平手を打ちつけた。
 目の前で平手打ちをする自称・公僕の男は、こういう下賤な行為を好んでいた。腕の力を強めて楽しげに笑い、頬をぺちぺちと馬鹿にするように叩き始める。報復とばかりに無駄に威圧する姿は、男としての品位を下げるとは考えていない。

「ほーら。さっさと言っとけ。でないと、俺もあいつも我慢の限界が来ちまうぞ。」
「私は…」

 我慢の限界が来るのは、暴力刑事よりもヨリの方が早かった。
 意識がヨリの言葉を意識する間に、頭を掴んでいた不躾な腕の関節を狙って拳を振り上げる。姿勢が崩れると同時に男の鳩尾に思いり膝を打ち込んだ。そして一瞬の事に動揺を見せたもう1人の刑事には、勢いのいい踏切りで脳天めがけて足を振上げた。
 アパートの廊下にヒキガエルのような声と鈍い振動が響き渡る。
 うめく暴力主義の刑事二人を横目に見捨てて、ヨリは自分の部屋に駆け戻り、ソファーの裏に縛り付けていた細長い筒状の袋と写真立ての写真を手に取って、勢い良く部屋の窓ガラスを叩き割った。
 甲高い無機質なガラスの音を聞いて、ヨリは先生の言っていた事を思い出す。
 理由の無い暴力は非道な事だが、理由ある暴力も非道な事に変わりはない。

「ごめんなさい。」

 不躾な公僕と割れたガラスに形ばかりの詫びを残してヨリは窓から飛び降りた。

 この後、窓をぶち壊して逃げたヨリの選択が事象を動かす。


 ***********************


 固い木の椅子が肉に食い込むようにワイヤーを巻かれ、どす黒い血を膝に滴らせていた。
 その机の向こうに座っている男は哀れむ慕情も疑問などお構い無し。持っている万年筆をクルクルと回しては、指遊びに宙へ飛ばしている。それも命乞いじみた言葉をリズムにして。

「何もしてない。儲かりそうな話に乗っただけ。ポーカーで有り金全て擦った分を取り返す為。……それで、誰からその情報を貰ったんだ。教えてくれ。」