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天国へのパズル - ICHICO -

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 アキラに疑問を与えたのは、他ならぬヘレンだった。彼女が何故、ソフィー・ヴィンセントという軍の要人と懇意にしているのか。
 権力に保護される場所へ生を受けたお嬢様なのに、人と関わる事を嫌い、生きる事をを諦めたように過ごす。夢見がちな世間知らずなら、貧困の中に生まれたアキラもショーも関わろうとしなかっただろう。
 そんな彼女に生きている喜びを知って欲しくて、アキラは必死に彼女に語り続けた。
 生きる事は悪い事じゃない。ひとつでもいいから、望みを持って欲しい。
 真摯に語るアキラに向けて心を開くようになっても、ヘレンは全てを語ろうとはしなかった。そんな彼女が抱える暗闇に気が付いた時は、全てが取り返しの付かないものになっていた。
 Shrineと人を繋ぐのは、彼らが作り出した子供達。その子供もまたShrineに縛られ、母体となるシステムの因果を背負う。彼女は生まれた時から、その子供を生み出す献体として選ばれていたのだ。
 攫われ、幽閉され、その身体と心を傷つけられて。
 それでもヘレンは希望を捨てなかった。たった一人の友人と、自分の子供達に課せられた負の螺旋を止めたいと願い、抱えていた秘密をアキラに託して死んでしまった。彼の元に因果を抱えた娘を残して。
 そんな願いは自分の様な力を持たぬ男に託すものじゃない。そう感じたアキラは、逃げる事を選んでいた。
 ヘレンの残した娘を連れ、彼女の残した言葉から逃げて、逃げて、逃げ続けた。その先に、裏切り者として追われていたソフィーが現れ、彼女もまたヘレンと同じ言葉を残した。
 全ての因果を誰かで止めてくれ。
 それを願ったソフィーも凶刃に倒れ、ヒナの手によってソフィーの力は名も無き少女に引き継がれている。
 もう、逃げられない。逃げる訳にはいかない。
 希望を失うなとヘレンに言い続けたのは、他でもない自分だった。医者として、そして人として。彼女達に向き合わなければ、ヘレン達の願いを打ち消す事になってしまう。

「俺の所為であの子は彼らの道に組み込まれてしまった。何の罪もない子供達に、背負わなきゃならないものを背負わせてしまっている。だからこそ、俺はヘレンに対するショーの執着を解いておかないといけない。…・縛られるのは、俺だけで充分だ。」


 ビルは今頃になってアキラの言葉を思い出していた。
 彼は兄であるショーの狂気を悲しいと思いながら、慈しんでいた。それは兄弟だから成り立つ思考なのだろう。疑問に思えど、兄弟のいないビルには分からない事だった。
 それを除いたとしても。アキラと同じ顔をしているのに、ビルはショーが恐怖と嫌悪の対象だった。
 目の前にいる人間をモノの様に見て、その感情を感嘆する言葉に変えて褒めたたえる。彼の仮面の下に隠された本音を、ビルは薄々感じていた。
 彼の執着はヘレンではない。彼の瞳は血を分けたアキラに対する嫉妬と羨望に溢れていた。傍目以上に思い込みの激しい彼のことだ。その感情は年を経る毎に歪み、捩れて、アキラが持つ全てを手に入れたいと願う偏愛に変わっているだろう。

 ビルは先程受け取った新聞を見て息を吐く。主とするメンバーの最後の1人、ティムがとうとう殺されてしまった。その現実を受け入れる事ができず、ビルは1人叫び続けた。椅子は壊れ、机は脚が折れてしまっている。

 先に情報として出てきたレイモンドの死は、残ったメンバーに対する警告も含まれている。グループの主文律を掲げた男を殺す事で、彼らの処刑は始まった。そして、Shrineに癒着する亡霊とショーの作り出した幻想と共に、どんどん引き金が引かれていく。凶刃に倒れるのは物理的占拠を唱えるルパートの作戦に異を唱え、諜報で動いていたアキラのグループが殆どだった。
 あの後、アキラは決着を付ける為にショーの元に赴いたのだろう。自分の娘やあの少女には嘘と出任せを伝えている筈だ。彼が彼女達の元へ二度と戻る事は無い。
 そして、ビルにも頼れる者はもう何処にもいない。古い縁の者はShrineの影に喰われ、自分達のチームと連携を組んでいた『黒翼』は消えてしまった。この街には頼れる者はもういない。
 アキラはこうなる事を予見して、自分に懺悔の言葉を残したのだろうか。

 震えるビルの背後で、ゆっくりと扉が開いた。自分の部屋の合鍵を持っていたのは、1人だけだ。青白い顔でこちらを見るティムが、牛刀を持って目の前にいる。

「迎えに来たよ。」

 何故、彼なんだ。彼が、正直者で気の優しい俺の幼馴染が、お前達に何をしたと言うんだ。

 ビルの額に脂汗が浮かぶ。暴れて散らかった家具の陰に隠れていたものを掴んで、壁に寄る。戦闘が嫌いでも、グループの中では知識と作り出す器用さだけは群を抜いていた。そんな彼が自分の手で作ったものだ。抱えた爆弾は小さなものだが、起爆スイッチを押せば自分を含めて、この部屋全部を吹き飛ばす。
 自分達の誇りを守るため。そして、自分達の全てを渡す訳にはいかない。
 スイッチを押すビルの顔は恐怖に強張り、その瞳には涙が溢れていた。


 嗚呼、俺達はこんな形で死にたくなかった。
 ただ、知りたかったんだ。
 そして、胸を張って生きていたかった。


***********************


「ありがと。助けてくれて。」

 2人きりになって、再びベットに横たえられてから、ヨリは小さく呟いた。

 泣く、笑う、怒る。
 頭の中をかき乱す情報をまとめようにも言葉が見つからず、入り乱れる感情の断片も表す事が出来なくて、ヨリは己が手で顔を覆っていた。今の自分は他人に見せたくないし、できうることなら全て消し去ってしまいたい。

 必死に駆け回った記憶はそれだけ辛く苦しいもので、レオとヒナに刃を向けた瞬間は最悪の行為そのものだった。あの時の自分に何が起きていたのか、説明しろと言われても分からない。だが、あの時発した自分の言葉を切っ掛けに、体は誰かの意思で動いていた。心と体は切り離され、ただ目の前の状況のみを覚えていて、ヨリはその時の事を思い出すと気持ち悪くて体が震えた。
 そして、ヒナの遺した言葉が頭の中を過る。
 因果とは何なのか。誰のものを自分は引き継いだのか。
 その時の声はもう聞こえない。ここにあるのは、頼りになるのは先程まで自分を支えていた男の腕だけだった。
 顔を押さえていた手を離して、ジンの着ている服の裾を掴む。

「どういたしまして。」

 声が返ってきて、ヨリは男の顔を見上げた。ジンは敢えてヨリを見ないように視線を窓に向けている。
 彼の視線の先を見ると、窓ガラスにはビルしか見えなかった。