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天国へのパズル - ICHICO -

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 その向こうは地平線を描く様に街全体を壁が覆っている。その壁に続いて有害な放射線を防ぐ空気層があるのだが、作られた外郭から伸びる空気層が天井となって、数百キロメートル先の壁の端に続いているらしい。空気の壁が放射線等を弛めて、人の住む場所を守っているらしい。ヨリはそれをヒナから教えてもらったのだが、まず放射線というものが分からなかった。それがどんなものなのか想像できなかったし、壁が無くなる事で人がどうなるのかも分からなかった。けれど、今になって漠然と壁の存在理由を理解した。
 理屈を知らなければ分からないモノと摂理が誰かの手によって作られ、自分達を守っている。多くの摂理がそれと繋がり、過去と未来を結び付けている。
 同じように今、自分がここにいるのはそんな理由で、自分には分からない理屈によって幾人もの命が絶たれ、その人達の持っていた多くのものが、持っていた刀と共にあるのだろう。
 深い縁で繋がった人、そして顔もしらない人。そんな彼らの全てと向き合い、その意思を継ぐ。ヒナの言った言葉はそういう意味なのかもしれない。ヨリはぼんやりとそう思った。

「私がこれ持ってたから助けてくれたの?」

 返してもらった預かりものの刀は、元の袋の中に戻っていた。持ち上げようとするが、腕が上がらない。
 ヨリの腕を押さえて、ジンは首を振った。

「違うよ。」
「それなら、どうして?…私、何にも出来なかった。それでも助けたの?これ持って無くても助けたの?」

 続く言葉は、ヨリがずっと感じていた本音だった。
 自分の存在意義が分からず、望んだものは形を失う。無力感と喪失感が付きまとい、どうすればいいのか分からなくなっていく。そんな事を感じているのは自分1人だけの気がして、ずっと怖かった。
 抑えていた感情は、涙と共に溢れ出る。

「私は生きてていいの?ここにいてもいいの?」

 ジンは泣き声をあげるヨリの頭を撫でた。
 泣き出した彼女に感じたのは、共感だった。己が感情を押し殺して機械の様に生きる事を拒み、自分の形が欲しくてジンはこの場所にいた。彼女は自分の形作るものを無くしたくなくて、必死に走り続けた。
 必要とされる形を拒む癖に、自分の望む形が分からない。葛藤とジレンマから他人を傷つけ、それに傷つき、感情を表す事も忘れていく。
 同じような感情を抱え、迷い続ける。
 同情と呼ぶにはお互いに自尊心が高すぎて、恋と呼ぶにはまだ心が伴っていない。

「それは俺がどうこう言える立場じゃない。君が決める事だ。」
「じゃあ…」

 泣いているヨリの額に額を当てる。じっとりと熱く、息は浅い。日の光の中で見ると、頬は微かにこけて首筋の腱がうっすらと浮き出ていた。年頃にしては痩せていると思ったが、衰弱している。これで戦闘に関わり、生きていた事は奇跡に近い。
 ジンはゆっくり言葉を続けていく。

「君が大切にしていた人の誇りを守りたいと思ったように、俺は君を助けたいと思った。何にも分かってないって言いながら、嘘つきと騙し合いだらけの場所を突っ走る。自分の感情そのままにつっ走るだけの信念、俺には無い……いや。それっぽいものは持っているんだ、多分。」

 それが彼女の疑問に対するジンの答えだった。
 彼女と同じ、ジンも自分は何も持っていないと感じている。自由を得た今も後悔と懺悔を心の内で飼い、本心を他人に晒す事を嫌い続けている。不条理の塊を作り上げた全てのものが、誰かの手で壊れされる事を願ってやまない。
 しかし彼女は違う。最悪な答えがそこにあっても、自分の望むものへ進み続けるだろう。それが出来るのは無知と本能の賜物だ。年を経るに従って捨ててしまったものを抱えて進む彼女を救い、中身の無くなってしまった自分の器を満たしたいと思った。
 ヨリは刀を掴んで聞き返した。

「持ってるの?どっちなの?それに私、これ以外に何も持ってないよ。」
「まだ分からなくても大丈夫。君がもう少し大人になれば分かる筈さ。」

 微かに声が震えている。涙でぼやけてしまうが、良く見るとその顔は含み笑いをしていた。
 何だか馬鹿にされている気がして、ヨリはそのまま勢い良く額を突き出した。ごつりと鈍い音がして、お互いに額を押さえる。

「…っつ!!」
「つまり私が子供で馬鹿だから同情したんじゃない!」

 思いのほか強くぶつけたらしく、ヨリは枕に顔を伏せている。彼女の向こう意気の強い性格は、熱があろうが精神的に辛い状況にあろうが出てくるらしい。
 女の子らしいしおらしさよりも、我の強さが先に立つ。失ったものの事を思って自虐的に泣かれるよりも気持ちがいい。
 その勢いに当てられて微かに額が痛くとも、彼女の様が面白いやら可愛いやらで、ジンは笑い声を上げた。ヨリは笑い声を打ち消すように叫ぶ。

「馬鹿なのは分かってるから笑わないで!」
「そう、馬鹿な男が馬鹿な子供を助けた。いい話だろう?」

 悪い話ではない。だが、いい話にも思えない。自分の事を馬鹿だと自嘲し、ぶつけられた額を押さえて笑う。目の前の男は、これが大人だと教えたいのだろうか。
 そんな事は聞かなければ分からないし、ここで聞いたらまた笑われる気がして、ヨリは顔をしかめた。夢の中でも目が覚めても、分からない事が多すぎる。そして考える事が多すぎる。
 しかし、彼と話している間に鬱々とした感情は幾分和らぎ、涙は引いていた。ヨリは額を押さえたまま、ジンを睨み付ける。

「私、ここにいる。」
「…決断が早いな。クローディアの言っていた事、本当に分かっていたのか?」
「分かってる。誰に聞いたとしても、私が決める事なんでしょ。」

 彼に言われたとおり、白金髪の女に言われた事は無視していた。刀の主であろう少女のはこんな事をしていても傍観者を決め込んでいるのか、反応は無かった。
 聞かずとも、きっと彼女は答えるだろう。
 進むべき道はお前の決める事。対価を払えば幾らでも自由にさせてやる。
 ヨリは彼女のお蔭で自由になれたと思っていない。だが、彼女は大切な人達との記憶を繋ぎ止め、自分に価値を与えた人がここにいる。これ以上の場所が何処にあるのか、全く思いつかなかった。

「そういえば名前をちゃんと聞いて無かったな。」
「ヨリ。あの人達は私の事をそう呼んでた。」
 
 その呼び名は呼びにくいと思うのに、彼らはそう呼んだ。何らかの意味があるのだろうけれど、もう聞き返す事は出来ない。
 しかし、その名が彼らの形を残す事になるのならば、その名を継ごう。自分の愛した家族の記憶が残ると言うのなら、手の甲にある刺青も残そう。それで自分という存在が変わってしまうとしても構わない。それが此処に残された自分に課せられた務めだと思った。

「そんな名前だったか?」

 ジンはプログラムで振り分けられた番号ぐらいしか彼女の固有名詞を知らなかった。あの時少年の言っていた呼び名が彼女の名前なのかと思っていたのだが、全く違うもので呆気にとられている。そんな彼の顔を見て、ヨリは笑った。

「昔の名前は他の人のものなんだ。呼びにくいと思うなら、好きなように呼んで。」