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天国へのパズル - ICHICO -

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Epilogue ―羅針盤は回る―




「ソフィー……は、何か言っていたか?」

 2人の子供が寝付き、薄明かりの部屋には男が2人座って杯を傾けている。
 ビルの質問に、アキラは渇いた笑顔を浮かべた。

「さぁ、何にも聞けなかった。」

 言ってたんだろ。恨み言のひとつでも。
 ビルはその言葉をワインと一緒に飲み込み、後ろを振り返る。
 2人の子供が彼のベットで眠っていた。一人は精巧な西洋人形か、劇場にいる子役か。アキラの娘であるヒナは同じ年頃の少女を掴み、2人揃ってベットに眠っていた。
 彼女とアキラに血の繋がりは無いと、ビルは思っていた。白人系のヘレンと1/4アジアの血を引くアキラの遺伝子で、あの子が生まれる事など有り得ない。相手は成金財閥の一人娘。唐突に出来た家の仕来たりから逃げ出す迄の合間に、何かの事があったと容易に想像出来た。
 しかし、アキラと容姿が似ておらずとも、妙な所で我の強いヒナの性格は間違いなく彼にそっくりだった。床で眠ろうとする少女を引き摺り、そのまま抱き枕にしてしまっている。首根っこから掴まれて困り顔だった少女も、逃げる事を諦めて力尽きた様に眠っていた。
 彼女こそ何故アキラの傍にいるのか分からない存在だった。
 手に彫られた印でイデアだと分かるものの、それ以外はソフィーとの邂合時に手助けしてくれたとしか聞いておらず、初対面に至ってはシークレット・ガーデンに隣接した市場だった。攫われそうになったヒナを助けようとして、彼女がヘブンズ・ドアの仲介屋を叩き伏せた現場での遭遇だ。手の甲を相手の血で染めて立つ姿は、ヘブンズドアにいる戦闘屋と変わらないものだった。
 元々の生まれが戦場だったのか、イデア・プログラムという異様な状況を引き摺っているのか。偶にフラッシュバックによるパニックがあると言うものの、思慮はその辺の子供よりも達者で、人の倫理を弁えて行動していた。
 イデアでありながら、人間のまま。彼女はアンバランスな状態を保っている。
 ソフィーとの因縁を持ち、アキラが何らかの処置を施しているとしか思えなかった。

「何者なんだ?あの子。」
「何者でもない。戦災孤児で、助けてもらった礼に医者として当たり前の事をした。そして、保護者の代わりをしている。」
「この後、お互い会う事も無い。言っても損は無いだろ。」
「言う意味が無いから言わないんだ。俺達のこれからが分かっているだろ。」

 ビルとアキラはこれからどうなるのか分かっている。
 ソフィーの持つShrineは、物質の元へ干渉するプログラムと、万物の理を記録するデータベースに繋がる認証情報を持ち、対象物を神の領域へ移行させる。まるで神に選別された使徒の様に人を守っている。しかし、それの中身が知れる事は、それを守護する者達にとっての禁忌に他ならないのだろう。そして、コード保持の為に侵蝕するモノを殲滅する。
 既にソフィーの引いてくれた境界線を踏み越え、自分達のグループは彼らの排除対象になっている。自分達に誓約を交わした人間は、軍事作戦においてAクラスの兵器と同じ扱いを受けていた。それなのに、彼らと関わった事で階級の剥奪、戦犯として処理された。
 そして、彼らを守護する雷は、既にアキラとビルの知人に落とされている。自己顕示欲の高い男だったが、ビルはグラトニーの事を嫌ってはいなかった。
 寧ろ、哀れんでいたのかもしれない。彼は妻であるヒラリーに、ただ1人の男として尊敬して欲しかっただけなのだから。

 男として。
 研究者として。
 命ある者として。

 たとえヒラリーが恋愛至上主義のどうしようもない人格破綻者としても、彼にとっては彼女が全てであり、恋焦がれて伴侶となった女性だった。

「人が生きるために必要だと言われても、あんなものは無い方が良かったんだ。きっと。」

 ワインのボトルを傾けながら、アキラはぽつりと呟く。彼の言葉は、優しく悲しげな響きがあった。
 全てを慈しみ、その切なさに笑う。科学と医療の現場にいた人間の言葉にしては感傷に浸り過ぎている。ビルは笑った。

「俺達の目的を忘れたのか?この星を壊しはしなくとも、ソフィーの持っていたものの先には人という概念を壊し、過去と今を繋ぐ情報とシステムが存在している。俺達はそれを見つけて、悪用する奴らを告発する。それに繋がるハードウェアをお前が使った訳でないんだし、何故そこまで悩む必要があるんだ。」
「ああ……でも、それが俺じゃないから分かるのかもな。」
「なんだよ。さっきから全部、答えになって無いぞ。この程度で酔ったのか?」
「そうかもしれない。目にしていると分からなくなる。何が本物で何が偽物なのか。」

 アキラは天井を見上げた。
 遠くから犬の鳴き声が響いた。

「全てを知りたい。全ての人々が望む形にしたい。そう思わなければ、俺達はこんな生き方をしていなかった気がしているんだ。」
「何を今更。俺は人を実験対象にしか見なかった学者の列に並びたくなかったし、お前はお前で理由を持ってここにいるんだろう。それに、お前がいた事でソフィーが協力してくれたんだ。チームの意義を裏付けるものがあると分かったし、無ければ良かったのはShrineじゃない。その存在に依存して、権力と他人を喰らう馬鹿共だ。」
「……ありがとう。」
「何をそんなに思い詰めるんだ。お前がソフィーのものを引き継ぎでもしたのか?」
「いいや、使えない。ソフィーは俺を憎みはしても、己が持つ凶器を渡したりしないよ。」
「なら、どうして…」

 アキラは隣りのベットルームを仰ぎ見る。
 大人とも子供とも思えぬ2人の少女達が、仲良く眠る。アキラは笑い、深く息を吐いた。

「ヘレンは俺との間に出来た子を殺された。そして、あの子が彼らによって生み出されて此処にいる。あの子を恨まずとも、ヘレンを不幸にした俺をソフィーは恨んでいただろう。悪人の首に近づいたと喜んでいた俺達は、結局は奴らと同じ穴のムジナだったんだ。」
「な…何の話だよ、おい。」
「あの子は彼らにとってデータベースを支える生贄だ。彼らは過去に生み出されたコンピュータの補強に、人間を使っている。」
「ど、どういう事なんだ……それは。」
「生物学に造詣のあるお前なら分かるだろう?DNAコンピュータとしての利用だ。俺達の子供から細胞を取り出して解析、自分達が造りだした生体高分子を使って核酸塩基を再構成、彼らの構成した精子と卵子にコピーした。それで受精卵を造り、あの子がいる。俺達の形を引き継いでいるが、あの子は彼らの作ったデザイナーベビーだ。その工程と彼らが持つデータベース、プログラムはソフィーの生まれた場所にある。組織力、資源、そして能力。何も持たない俺達が敵う相手じゃない。」
「ちょ…人間を使ってそんな事が可能なのか?!じゃあ、俺達の推論は!ティムの探り出した事を裏付ける記録は何だったんだ!」
「官公庁にある情報は何も間違ってはいない。人道なんて無視した奴らがテーブル・ゲームの様に世界を動かしている…ソフィーが最後まで俺達に隠し続けたものは何も無かったんだ。」

 そう、何も無かった。だが、彼女達はこんな大切な事を隠し続けていた。