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天国へのパズル - ICHICO -

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「どうするも何も、あの子が開戦の引き金引いてくれた。相手の標的は違うものだけれど、そこに私達の自由と尊厳が乗っかってるのよ。喧嘩は売られる前に牽制をかける。」


***********************


 目の前をぐるぐると映像が駆け抜ける。
 青空、ビルの隙間、階段、瓦礫の山、煙、石畳、雨、暗闇、赤、行進、銃、爆発。そして人の顔。
 色々なものがめまぐるしく流れていき、何が何だか分からなくなって叫び声をあげた。しかし声は出て来ず、ただ苦しくなるばかりだった。
 それから逃れたくて、足掻いて手に掴んだものを引き寄せると、目の前に大切に思う人達が現れた。
 紅い瞳がこちらを見ている。金色の髪が揺れ、笑顔を向けてくる。そして、もがく様を救おうと大きな手が差し伸べられた。
 彼らは自分に向かって何かを言っている。しかし何を言っているのか判らず、それを聞き返そうにも声は出ない。気付けば自分の掴んだものは差し伸べられた手ではなく、一振りの刀だった。そして、彼らへ刃を振り下ろしていた。

 どうして。何故。

「大丈夫だよ。」

 穏やかな女の子の声で、ヨリは目が覚めた。白い天井と柔らかいシーツの感触は見覚えが無いのに、頭の中は天井の色と同じように何も無い。目を開いたまま、ただ呆然としていた。
 ふわりと暖かい手がヨリの頬を撫でる。黒髪の少女が笑いかけた。

「良かった。ちょっと待っててね。」

 惚けているヨリを置いて少女は離れていった。
 目が覚めて良かったのか。それとも悪かったのか。何も考えていなかったが、この状況への既視感と共に真っ白だった思考は記憶のフラッシュバックに染まっていく。

 助けたかった。守りたかった。
 それに対して私は何をしたのか。

 さっきまで見ていたものが只の夢ではなく、忘れていた記憶と質の悪い現実の総集編だと分かると、変えられない自分の行動とその時の感情が、ヨリの意識を一気に侵食しはじめた。
 罪悪感と後悔、そして恐怖。起き上がろうと体を動かすが、鉛の様に重くて辛い。力の入らぬ手を額に落とした。そのまま瞳を隠すと手が冷たくて、今さっきまで見ていた夢にうなされて泣いていた事に気が付いた。
 人の声が聞こえて、ヨリは力の入らぬ体を無理やり起こす。入ってきた人間から隠れるようにベッドの隅に動こうとすると、肩を捉まれて止められた。

「逃げるな。何もしないから、とりあえず落ち着け。」

 ヨリは聞き覚えのある男の声に振り返り、声の主が肩を掴んでいると分かると、そのまま男の体にしがみ付いた。ジンはそのままヨリを抱き留める形になってしまい、彼女を抱えて困惑してしまう。
 馬鹿みたいに正直、そして己が信念を貫こうとする。そんな彼女を死なせたくないとは思ったが、今此処で彼女に抱きつかれる程信用されていたのか。

 彼女は赤い霧に変わったShrineと共に金髪の少女を切り捨てた。金髪の少女の身体は弾けて光に変わり、刀に取り込まれた様に見えたのだが、光が収まると同時に彼女は意識を失って倒れてしまった。
 デリックが動いたのはその時だった。歪んだ腕を借り物の力で再構成し、ヨリの元へ駆ける。交戦中のジンもそれに気が付き、一足先に動いてヨリを保護したが、彼は傍にいた犬の首を落とした。犬の首だけを残して、他者のShrineを借りて撤収。気を失ったヨリを抱える間にビルは倒壊しはじめ、そこから出る事ができたのはラルフが脱出ルートを作っていたからだった。
 結局、此処へ辿り着く迄ずっと一緒にいたのだが、意識の無かった彼女がそれを覚えている筈もない。精々空腹を満たした事と多少の手伝いをした位で、ルイスの言ったことを思えば、それですら彼女が覚えているのか分からなかった。
 しかし、震えている姿は初めて戦闘に参加した少年兵とそう変わらず、涙で濡れた瞳はただ虚空を見つめている。

「もう大丈夫。此処は安全だ。」

 その心情を慮ったジンは溜息をついて彼女の背を撫でる。宥める彼の背後から、笑い声が響いた。
 ジンの趣味を知るルイスは笑いを堪え、苦手な相手を知るクローディアは顔を反らして吹き出している。
 ジンは2人を睨み付けて呟く。

「何が可笑しい。」
「アルトから聞いてたけど、本当に懐いてる……子供が苦手って言った奴が子供をあやしてるからさぁ。」
「子供と言っても女だ。振り幅を少しばかり広げて、青田刈りへの宗旨変えなんだろ。」
「青田刈りはルイスも一緒でしょう?多分、メイと歳は変わんないんじゃないかしら。」
「いや、体格を見ればルカと一緒の筈だ。」
「あー!もう俺の事から離れろ!馬鹿にしたいのは分かったから!」

 ヨリの耳を塞いでジンは叫ぶ。彼の本業はクローディアと同じくハッキングとシステムプログラミングなのだが、曲がりなりにも公立のメディカル・スクールを卒業していた。その辺の一般人よりも医学的知識と、プログラマーとは違う人脈を持っている。そんな彼に協力を仰ぎ、彼のプライベート・スペースを借りて彼女を介抱していた。協力してもらっていると言っても、こうもざっくりとした対応をされていると、在学していた学校と医療業界が胡散臭く思えてくる。人間性うんぬん無視して、試験と研修さえクリアしていれば医師免許を与えるのだから、何が起こるか分からない。
 不信の目で見つめるジンに、ルイスは笑った。

「ハードル乗り越えて群れてしまえば、群れに染まって理想も変わる。染まるのを拒んだ俺はお前の希望を叶える人間じゃない。」

 至極最もな意見を言われ、彼の出自と経歴を思い出した。ジンは済まないと呟いた。
 そして唐突な大声を出した事に気が付き、腕の中にいる少女を見下ろすと、耳を押さえている手を掴んで訝しげにジンを見上げていた。大人達が自分の事を放りだして騒ぐ姿を見て、逆に落ち着いたらしい。混乱していた人間に同情される己が姿の滑稽さを思い、ジンは肩を落とした。

「それでもこの子を見てくれ。一応は知識人じゃないか。」
「命の現場に立たなけりゃ、役に立たない腐った知識さ。医学的所見は口の固い奴に頼んでいた事だし、意識レベル二桁まで落ちて、検査機器ぶちこわしてくれる状態から自立で起き上がった。マリアから貰ってた情報の前例を鑑みても、ここまで戻れば充分。こっから先はその子のメンタルの問題だ。そっちの方はお前達に任せた。」

 ルイスはそのまま踵を返して部屋を出て行った。
 すれ違い様にクローディアが睨み付けるが、彼はあえて見ないふりをしてクローディアに持っていたShrineを渡し、手を振った。その態度にクローディアは彼の後ろ姿へ中指を立てて舌を打つ。

「…ま、ルイスだから仕方ないか。」

 重いと言って投げ捨てたものを持ち、クローディアは2人に近づいた。普段表に出る時のようなドレスコードでは無いものの、ニットのワンピースに付いているフードを被り、薄い色のサングラスで立つ姿は、何時もどおり目を引くインパクトがあった。陽の明るい日の下で見ると彼女の銀髪は白金がかって見え、軽快に歩くとおさげの様にふわふわと揺れている。
 2人の傍に屈むと、真面目な顔でヨリを見つめて手を差し出した。