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天国へのパズル - ICHICO -

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「ここからは俺の推測だが、あの子の保護司が彼女の状況を把握して、同期化する前に彼女との物理的接触を避けていたと考えている。解放された領域が広い事を要因として移行の作業時間は長くなるし、全てのShrineシステムは媒体への同期化が終わるとスタンバイ状態に切り替わる。同期化しても『Angel Quartz』が基礎としている指定コードは残るから、使用者が変わろうが起動の際には『Angel Quartz』管轄のデータベースへ情報更新を発信する。向こうはそれを狙って所在地を確認するつもりだったんだろう。だからと言って、起動しなけりゃ信号も無い。そうなれば向こうの探査システムは無能に等しい。これで唐突にベルガモットが動きはじめた事に納得できる筈だ。加えて、関係者らしき人間を組み換えたり、初期化中のShrineを取り込んだのは、タイミング良く『Shira-giku』が彼女への同期化処理を済ましていたと思っている。マリアからの情報を見る限り、媒体の素養が良くても作業領域に余裕が無ければシステム自体が壊れる。仮に同期化が終わらずにセーフモードでの実行なら、媒体が処理についていかない。主となるハードウェアの脳ミソが吹き飛ぶか、良くても半身不随だ。後はお前が弄ってプログラム構築の概要を把握しない限り、全く分からん。」
「だ、そうよ。」
「説明させるな。お前は存在そのものがアレと同じ癖に。」
「生まれた時からそれだったとしても、誰も教えてくれなかったわ。だからあんたみたいな技術者が傍にいるんじゃない?」

 あっけらかんとしたクローディアとそれを聞いても平静としているジンを呆れ顔で眺め、ルイスはクローディアからキーボードを奪い、散らかった机の上に置いた。ヘッドギアとパッチシートをウレタンケースにしまう。

「そうやって訳の分からん物を振り回せるお前達が、俺は一番恐ろしいよ。リセットボタンの判らない時限爆弾抱えて、生物辞めるのと同義だぞ。」
「何?私は生き物じゃ無いって言うの?」
「お前はウォルトが見張りで昨日まで寝かされてたから、何がどうなってこれが此処にあるのか知らないだろ…まぁ、こんな無鉄砲達の傍にいるお陰で、死ぬ恐怖は何時でも感じてる。」
「だからお前が言うな。」
「皆して私を馬鹿扱いするな!あんた達が出来ないから私がやってるのよ!」

 叫ぶクローディアを指差すジンを見て、ルイスは笑った。
 変わり者の気持ちは変わり者にしか分からない。だが、人の世界にある生態系からあぶれ、己が居場所を見失った人間のいるヘブンズ・ドアと、政府の認知する区画にも入れぬ下町の人間は、身近にいる化け物に依存しないと生きていけない。欲望に正直なコミュニティと変わり者の彼らが傍にいる事で、底辺にいる人間の生存圏は保たれている。

「もっと自重する奴等なら、オリバーを含めて俺達は楽できる筈なのにな。……じゃ、近いうちにラルフを借りるぞ。」
「は?何の陰謀?!あんた達は私の休みをどれだけ奪うつもりよ!」
「また国境近くまで行く用事があってな。自重しない爺さんのいるファミリーの引率だ。お前も世話になったキリルがこの件に一枚かんでる。…だから、喋るなよ。」
「何を?」
「何をって…」

 唐突にドアを叩く音が響く。黒髪の少女がドアの隙間から顔を覗かせた。

「もう入っていいですか?」
「ああ、入っていいぞ。メイ。」

 小さな体が盆を持ったまま重い木製のドアを押し開き、スペースの空いた床にクロスを敷くと、クローディアの目の前に持ってきたものを手早く並べていく。大きなティーポット、マグカップ、小粒のマシュマロ、ナッツの入ったチョコレート、スコーンとフルーツのコンフィチュール。クローディアの為だけのティーセットが置かれた。
 並べていくメイを無視して、クローディアはポットをティーカップに傾けた。甘い香りのミルクティーが注がれていく。湯気の立ち上るカップに小粒のマシュマロを適当に放り込むと、ティースプーンでかき混ぜて、無言で飲み干す。
 熱くないのか。周りのそんな感情を無視してクローディアは早いペースでミルクティーを飲み続け、並べられた茶菓子を手際良く口の中に入れていく。

「うわぁ……あ、どうぞ。」

 クローディアの勢いに圧倒されていたメイは、我に返ってお盆に残ったマグカップをジンとルイスに渡した。中にはホットコーヒーが入っている。
 一重の瞳にボブショート位に切り揃えた髪。一見ルカにそっくりだが、目付きが彼よりも優しい事と小さくて華奢な体格が、彼との違いを明確にしていた。

「初めて見たらびっくりするけど、気にしなくていい。」
「まぁ、何時ものことだから。文句が無ければ問題ない。」
「でも……ミ、ミルクは多い方が良かったんです……よ…ね?」

 返答は無い。無言でひたすら飲んでは食べる。
 メイは弟から話を聞くだけで、クローディアは数回会った程度、ジンに至ってはほぼ初対面だった。
 彼曰く、見た目だけはまとも。中身は質のいい守銭奴と何を考えているのか判らない偽善者で、どちらも偏屈で変人。だからメイの様な平和主義者は関わらない方が良い。
 今まさに弟の言葉を思い出して、メイは盆を持って不安な顔で挙動がおぼつかなくなっていた。同性であるクローディアに話し掛けても会話は成り立たないし、更に男2人の間にいるのはどうにも落ち着かない。
 そんな空気を察したのか、不意にクローディアが右手をしっかりと挙げた。親指を立てて紅茶を飲んでいる。
 ルイスがコーヒーを啜りながら、クローディアを指差した。

「まあ、大丈夫だと。」
「へ?」

 伝達されたと分かると、怯えるメイに向けた了承のサインを下ろし、またスコーンを割って頬張る。
 メイはその様を見てやっと落ち着き、安堵の笑みを浮かべた。弟から彼らの事を聞いた時は説明が説明になっていないと思ったが、今この状況と立ち聞きしていた会話で出た答えは、クローディアについての彼の説明は間違ってはいないという事だった。
 外見は凄く綺麗だし、自由気ままに物を言う。だが、失礼な人ではない。ルカに似て、感情の起伏が分かりにくくて、その表現が少し不器用なだけだ。普通と言う言葉に当てはめる事ができない、可愛らしい女の人だった。

「あたし、あの子の様子見てきます。」

 メイは盆を散らかったデスクの上に置くと、隣の部屋へ駆けていく。
 メイが立ち去った後で、クローディアがやっと口を開いた。目の前の皿は全て綺麗に片付けられている。

「ご馳走様。あんなにいい子がルイスに惚れてるなんて、全然分かんない。」
「食うだけ食って、言う事はそれか。」
「うん。でも、あんたの気持ちは分かるよ?あれだけ素直だと、触るに触れないわ。アンジェラの言うとおりよね。」
「だーかーらー…」
「メイの事は後にしてくれ。俺にはラルフとお前の考えてる事が分からん…・あの子をどうするつもりだ。」

 ルイスの言葉を遮り、ジンがクローディアを見据える。疑問と訝しむ顔を見て、クローディアはにやりと笑った。