天国へのパズル - ICHICO -
当初、ソフィーと同類の男がこの件で現れるとはケビンは思っていなかった。だが、元々穏便に回収するつもりは無かったし、ベルガモットは自分のShrineを起動して彼らのいる場所を物理的に閉鎖してしまっていた。Shrineの暴走で区画ひとつが吹き飛んだところで、それによる放射線の汚染域は残らないし、場所を貸してくれたマフィアからも吹き飛ばす事にのみ了承を得ている。
寧ろ、そのぐらい無ければ面白くない。
目的のものが手に入れば上等。更に実行者が死んでしまえば、自動的にShrineは履歴を残して起動前の初期状態に戻るし、材料と起動システムの使用が可能となる。
偶然を期待する要領でケビンは彼を動かし、ベルガモットは彼に2つのShrineを渡した。
それでどうにかならなくなっても、ルブタンの力で『Trinity cross』の選抜と補欠が傍らに控えていた。
「なぁ、この結果は誰の所為?」
むせるベルガモットを無視して、ケビンはガラスの向こうを見下ろして笑う。
彼のShrineによって操作しているものは、そのものの形を保てなくなれば使えなくなる。しかし、起動システムによって生命体と同じように自発的な活動をする。
Shrineは金髪の少女を生命体として認識し、その肉体に定着をはじめた。自分からアクセスをかけようにも初期化中では遠隔操作が困難。物理的に奪い取ろうにも、デリックは丁度犬の首を落としたところで、未だ交戦中。彼女のものまで回収はできそうにない。
それが腹が立つ事と分かっているのに、目の前で起こる様が愉快で堪らない。
「にやにやしてないで、デリックに伝えて。一つでも持って帰ってきてって。」
「グレゴリーがぶっ飛んだ時に言った。っつーか、もうせっつける端末が無い。こっちは残った侵食消すので手一杯。…・どうする?俺のまでソフィーのものになったら。」
笑顔でいうケビンの姿を見て、ベルガモットは爪を噛んだ。
彼女がこの件で出したのは、気まぐれで構築されたプログラムを持つShrineと人以外の実行者。そして彼とソフィーに関わる男、グレゴリーの情報をコピーしたノート。
人以外の実行者はイデア・プログラムにいた実験動物だった犬だ。ベルガモットが母親の構築したプログラムを改変し、犬の臓器を人工臓器に置き換えて移殖している。人間の遺伝子コードから記憶情報だけを解読すもので、既にプログラムの有効性が確認されていた。しかし、作戦に使用して情報抽出しようにも、プログラミング設定したベルガモットは動物が嫌いだった。哀れにも飼い主から相手にされず、ここから無事に戻ったとしても後遺症からくる病によって安楽死が決定している。
先程まで飼い主の用意した花道を、彼は従順に走り続けていた。
ノートは『暁の空』の捕捉用にベルガモットの母親がグレゴリーへ渡したものだった。
持ち主の記憶と思考判断をコピーし続け、彼が死んだ後は彼女の元に戻っていた。そして、彼女の死後はベルガモットが保管をしていた。
ケビンが伝えた言葉を信じて彼は自分の知る情報を綴り、手帳の中に残るグレゴリーの情報に翻弄され、彼がソフィーのShrineに係った全ての情報を駆使して探索し続けた。唯一彼がShrineを動作させた事と言えば、ノートのShrineとイデア・プログラムの情報をリンクさせた位だ。
気付いた時には彼の身体を動かせるまで、グラトニーの人工無能は実行領域を彼の身体の神経系統まで侵食していた。実行元が死んだとしてもその身体を制御し、記録されているグラトニーの姿を実体化させる。人工無能程度で定着したものを見たのは2人とも初めてで、既にそれだけの下地が男の中にあったのだろうと推測している。
2つとも同じ機能を備えている。しかし片方だけでも無くせば、彼女の『Angel Quartz』での存在意義は薄まっていく。
「分かっている癖に。意地悪ね。」
「そりゃそうさ。出来損ない同士、ガラス管からの付き合いだろ。」
「貴方のことは嫌いじゃない。けれど、それを言う貴方が一番嫌い。」
ベルガモットは踵を出口に向けた。転がる哀れな男の頭を踏みつけ、足早に出ていく。
ケビンはベルガモットが憤る気持ちを理解している。しかし、今回はソフィーに軍配が上がった。
回収する筈のものは元のまま。犬の回収は問題無さそうだが、ノートのShrineが向こうの手に落ちるのは時間の問題だ。
気が付けば、Shrineを定着させた手が震えていた。押し付けられたグラトニー達の記憶情報はとうとうShrineの起動システムと繋がったらしいが、その中のプロテクトから排除されてに消えていく。他者への怒りから己が消えていく恐怖に狂い続ける。ケビンは溜め息を吐いた。
「ほら、格好付けたがったお前に全部締めさせてやるよ。嬉しいだろ、親父の遺言だぜ。」
ケビンは男の頭に震える手を置いた。ずるりと黒く染まった手が男の頭に沈み込んでいく。
でかいだけの男は先程から目の焦点が合っていない。デリックを犬の回収に移す前から、ケビンにはこの男が鬱陶しくて仕方なかった。
無駄に自己愛と己の知識を誇示する。卑屈かつ姑息。そこかしこに敗者の匂いを振りまく男だった。因果も力も持たぬ分際で、自分という存在が人類という群集の中でどれほどの領域を占有していると思うのか。
余りに鬱陶しくて、ケビンはShrineでの干渉を始めてからずっと彼のホルモン状態を弄っている。多少の時間はとるが、簡単に人としての機能を壊していく。
ケビンにすれば死んだ人間よりも生きている人間の方が、端末結合も刺激を与えるのも簡単だった。脳の神経系統を借りての実行だからこそ、操作領域は少なければ少ない程効率が上がる。
素晴らしきは己の体から作り出す麻薬。生体機能が維持されれば麻薬は残り続ける。主導して勝手な信号を送り続ける事も、押しつけられた妄執の記憶を押しつけるのも、ドアを開けるのと同じ事だ。
「おやすみ、お望み通りのいい夢を。」
手を引き抜き、涎を垂らして転がる男の腹を踏み、ケビンは部屋を後にした。
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「今回は終わりだ。」
「ああ、終わった。」
「結局、駒が入れ替わるだけの事か。」
壁も天井も分からない一面真っ白な部屋で、3人の人間が向かい合う。
1人は青年だ。その瞳は傍らにいる2人を眺めている。
彼と同じような外見をした壮年の男性は腕を組み、難しい顔をしていた。
もう1人は少年だ。彼も2人と似ているが態度は違い、不機嫌な顔で座り込んでいる。
3人とも白髪、白い肌、銀色の瞳、服装も同じ形をした白いコートなので、年齢の相違でしか区別がつかない。揃って床に空いた穴を覗き、穴のなかに映る音の無い映像を眺めていた。床の穴から何本も配線が伸び、眺める彼等の背中へ繋がっていた。
穴の中には、傅いた少女が映っている。
何か呟く彼女へ誰かが刀を振り下ろす。少女の体は地面に崩れ落ちると風船の様に弾けた。赤い霧ではなく青白い光が渦を巻き、傍らの刃に吸い取られていく。
作品名:天国へのパズル - ICHICO - 作家名:きくちよ