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天国へのパズル - ICHICO -

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 ため息と舌打ちが彼等に色を加えた。影が青年の勝ち誇った笑みが2人を見下ろし、声を挙げた。
 
「やっと種を宿した子供が鍵に食われ、この場所への扉を開く者が誕生した。」
「しかし、種も鍵も一旦は機能停止する。この程度の事で全てを開放されては困る。」
「こっちはそれで腹が立っているんだ。所詮、希望と適応はイコールで結び付かないものだと知っていても。」
 
 皆は座ったまま、表情を変えない。声と仕草でしか感情を表さず、語る内容でしか彼等の状況を推し量る事が出来ない。
 映像はそのまま地面に迫り、倒れると同時にそこで途切れた。彼等の背中に伸びた配線は彼等の背中へ吸い取られていく。
 彼等の呟きはまだまだ続く。壮年の男性が切り出した。
 
「さて、この件はこれで終わりだ。」
「そんな事は無い!あいつらの領域内では小さな事象だろうが、俺は納得していない!」
「お前が騒ごうと、最早『Angel Quartz』のダリアによって俺達の干渉は止められた。納得できる形よりも、今まで彼女が気付かなかった事が奇跡だ。」
「なら、次の領域開放は何時だ。」
「予測では263日と14時間後。」
「現在から192日後、恐らく、ウィルキンソンが『Trinity cross』へ依頼をするだろう。」
「それまで何も無いのか?」
「向こうからの干渉があっても、俺達が動くことはない。鍵は使わないだろう。」
「そして、ベルガモットが領域侵犯を裁く為だけに俺達を使った。俺達の分身を持たず、鍵にもなれぬ種に同じだけの処理をさせたから、此処のプログラムが安定していない。ダリアは怒り心頭だ。」
「何故だ!あの程度で制限するのか?此処を隔てる扉は壊れやしないのに!」
「しかし、扉が無ければ俺達の存在も領域も保てない。分かっている事だろう。」
 
 男の言葉に少年は舌打ちをした。皆が彼を嗜めるように言葉を遮る。
 彼らの会話は間を取らず、淡々と続く。この部屋に入れる人間がおらず、誰かが入ろうにも部屋には扉が無い。それを良い事に、彼等の好き勝手な会話は続いていく。少年は頭を抱えて叫んだ。
 
「ああもう、トニーは何処にいる?!俺がシステム制御を管轄していたのに!呆気なく接続切りやがって!」
「死んではいないだろう。先程、キースのグループが回収した。『Trinity cross』の面々が事の収拾に動きはじめている。」
 
 青年が宥め、壮年の男が言葉を続けた。
 
「今まさにベルガモットとケビン、デリックはお前が撒いた種を連れて戻っている。彼らとの遭遇は1時間18分後。」
「Hollyhockのメンバーがベルガモット達に接触するのは43分後。」
「流れ落ちた彗星と輝く星。相反する位置にある同種の存在の彼等が何を言うのか楽しみだ。」
「どうせ挨拶程度さ。」
「なら、今回のベルガモット達に対するお前の評価は?」
 
 少年は自分を眺める二人をを睨み、叫んだ。
 
「どちらでも同じだ!落第どころの話じゃない!」
「そうか?十分な事をしたじゃないか。種を得た鍵は新たな使用者と共に自由を得た。それを拾う者がどう出るか。」
「どうにもならないさ。クローディアは種も鍵もその内に持っているのに、彼女の命惜しさに擁護する奴等が傍にいる。彼女も現状の維持を望むのだから、何も起こる事はない。」
「どうかな。あの娘を守る種を潰す機会はいくらでもある。」
「あるのか?」
「あるさ。『Trinity cross』の手を離れた鍵は彼女の傍にある。そして、彼女は拾う事を前提にあの娘を探していた。最後の勝負に出るのか、はたまた己を人でなしにしたがるロウの首を落とすのか。」
 
 青年は不満を漏らす少年を指差す。
 
「そしてソフィーの持った鍵はお前の分身。全ての繋がりを無くしてしまった彼女がどうなる事か。お前なら好きに干渉出来るだろう。例え誰に拾われても同じ事。種を食らい、それに残る記録はあの娘に残る。今は俺の分身へ全てを任せているが、状況は油断ならない。」
 
 青年の言葉は壮年の男性の溜息を遮り、少年の声に平穏をもたらした。
 
「なら構わない。このまま鍵があの娘を蝕み、その心に狂気を孕んでいけば、結果は簡潔かつ簡単。そのまま狂ってしまえ。他の鍵や種を食らい、全て壊せばいい。」
「それも一興。逆もまたしかり。」
「何だと?」
「全てを生かすか、全てを殺すのか。生きる場所をここにするのか、向こう側にするのか。それはあの娘の選択だ。」
「そう、それが俺達のこれからを決めるんだ。」
 
 壮年の男性の言葉は少年の喜ぶ声を戒める。文句を言う気も失せた少年は、足を組んで座りなおした。
 
「どちらにせよ、ケビンはベルガモットを眺め、彼女の現状を楽しんでいる。彼女が苛立ち、他者を傷つけて孤立する事を唆している。キースも止める気は無いし、ダグラスもブレーキの効果を成さなくなってきた。」
「まぁ、今回はケビンにばかり負担が多かったのだから仕方ない。『Trinity cross』がベルガモットの自傷を楽しむケビンを、お前が望むように今後も使うのかは分からないが…その前に。お前が望む通りにあの種が領域開放をしていたとしよう。蒸発したナンバー3の鍵を回収して、ベルガモットはどうする気だったんだ?」
 
 壮年の男の言葉に2人は拍手をした。
 
「聞くまでもない事を。あの娘は自分の所有物が欲しいのさ。相手が同じだけの思いを抱いていなくとも。」
「そう、ナンバー3の持つ鍵の中には俺の分身がいる。俺たちが分け与える種とは違い、分身は使用者情報の全てをを残していく。だから、己があの場所で生きる為の代価が欲しいだけ。」
「あの男の傷つく姿に欲情し、言うがままに動けば絶頂を感じる。彼女はそれを恋と言う。」
「その行動が『Angel Quartz』の破滅を呼ぶとも知らずに。」
 
 白いだけの部屋の壁に黒い染みが現れた。彼らはそれに目をやり、3人揃って溜息を吐いた。
 
「しかし、ソフィーが選んだ娘の鍵がクローディアと同じ者に変われば、ロウは喜んで狙うだろう。ウィルキンソンも同じこと。」
「そう、ナンバー3が使っているものはあの男が使っていたものだ。ダリアもそれを考えている。可能性は捨てきれない。」
「俺もそれに賛成する。そうなれば何時でも形は変わる。」
「全ての未来が?」
「いや、俺達の形が。」
 
 3人は立ち上がり右手をかざす。彼らの足元に黒い穴が開き、メッキがはげるようにはらはらと欠片が落ちていく。
 
「誰かが壊してくれる筈だ。この檻を。俺達を囲うこの檻を。」
「いや、檻は壊さず全てを無に返す。皆、己以外の人間に嫌気がさしている。そのまま消してしまえばいい。」
「違う。この形を保たねばならない。俺達は何の為に此処にいる?人間という生物を生かすために、父さん達が俺達を此処へ置いた。」
 
 相反する言葉を呟き、彼らは初めて笑顔を見せた。壁の黒い染みが扉に変わる。
 
「ダリアがやって来る。」
「そろそろ終わろう。」
「ここにある全てが自分のものになれば、世界に平穏が訪れると信じている。」
「ウルスラでも諦めたというのに。なんて平和な馬鹿なんだ。」
 
 欠片の全てが落ち、穴が塞がった。