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天国へのパズル - ICHICO -

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「あー…こりゃあ皆がキレっかな。」
 
 ぶら下がるだけになった腕は、指が微かに動くだけだ。しかし指先だけでは、最早Shrineを使っての複雑な動作処理は不可能となる。
 今回の件はベルガモットが私用でケビンのShrineへ動作認可を出していたが、組織での関与は認められていない。ただの権利乱用と越権行為であり、この負傷と彼の行動履歴を辿れば一目瞭然。
 この事件との関係と顛末はお互いの組織上層部に認知される。罰則は出ずとも組織の仕事と公式行事に駆り出されてプライベートの制限される事は確実、ケビンは組織筆頭であり父親のダグラスから意味不明な理屈で絞られる事を思って憂鬱になった。
 しかし、ケビンを非正規に要員として使う彼らにとって、Shrineを使える要員もShrine自体も貴重かつ少数。更に彼らの業務に適応したShrineコードの構築ができる人間も必要不可欠。それらをまとめる組織の次期トップの肩書きを持つお姫様に付き添い、ケビンはこの場所にいた。下手な手段と行動を続けてお互いに命の危険が及べば、絞られるだけでは済まない。
 それを見越してケビンへの自爆攻撃を仕掛けたというのならば、あの犬もあの少女も死ぬには惜しい存在だったのかも知れない。
 金髪の少女の周りに赤い霧に変質したShrineが彼女を覆う。物質の名前は科学者の文言だから知ったことではないけれど、Shrineの記憶媒体は初期化されると赤い色に変わるらしい。
 石だったり、液体だったり形は様々。固形にも液体も変わるダイタランシーさながらで、ケビンがこれを見るのは初めてだった。
 これが動物細胞の一部に沈着し、定着した生命体の脳神経に定着する。定着した生物の処理能力とデータベースの情報を借りて、物質の根源へ干渉し続ける。
 好きに変わるそれを作り出した人々が、己が生かされている世界を壊す。それから生き残った人々が力を求めて再び世界を蝕む。
 それがShrineであり、二つのデータベースを構築した狂人の願望だ。
 
「国である前に人。世界が変われば人もモノも変わる……だからってそう簡単に変わんないだろ?」
 
 ケビンはソフィーが自分達に向けて発した言葉を思い出し、笑った。
 ベルガモットとケビンの視点では、この事件の発端はソフィーの反逆から始まっている。
 ソフィー・ヴィンセント。世界の再構成による初期のShrineを父親から引き継いだ堅物女。
 父親はケビンの父親と共に現在の政府を支えた重要人物、かつ親子揃ってShrineの実行者として認識された被験者の1人。
 更にケビン達が属している諜報機関『Trinity cross』と、ベルガモットの所属するShrine専属プログラマー・グループの『Angel Quartz』。その2つの組織と深い関わりを持つ軍本部に所属し、連隊の指揮・統制をとる女傑だ。
 事変の予兆として、彼女の友人が『Angel Quartz』のメンバー選出プログラムに名前が挙がっていた。しかし、その内示を知っていたベルガモットの母親が、事前に彼女の持つShrine・プログラムに更なるプロテクトを掛けていた。
 元々、プログラムの起動条件に『Angel Quartz』のライセンス所持が必要とされていた。彼女はそこにライセンスを持たぬ場合の処理を付け加えた。許可無く使えば実行者も対象者も全て抹消対象としてプログラムが実行される。彼女もそれを許諾していた。
 冷徹に作戦を遂行し、己から修羅への血道を歩く。自分の存在をその狂気の中に置き、Shrineの存在理由とその精製方法を認識する。『Trinity cross』のメンバーも、『Angel Quartz』のメンバーも、深い関わりを持つ彼女がその程度の事象程度で造反する事は無いと思っていた。
 しかし、事は起きた。プログラムの反動をものともせず、彼女は『暁の空』とコンタクトを持ち、再構成された世界へ牙を剥いた。結果、彼女は死に、彼女の持つShrineは野に放たれた。
 
 彼女の造反によって『Trinity cross』と『Angel Quartz』は直接的な打撃を受けている。
 ソフィーの持つShrineは人工頭脳を持ち、型は古くとも構築式と処理が環境の変化に対応し、対物対人全てにおいて最高の兵器だった。
 今現在、全てのShrineの情報構成を保管するデータベースは『Angel Quartz』の管理下にある。ソフィーの持っているShrineと同じものを構築しようにも、開発環境も無ければ材料となるオリハルコン精製も不可能。プログラム実行に必要な素粒子構成システムはそこには保管されておらず、基本はプログラマーによる構築か、現存するShrineからのコピーで対応せざるおえない。
 実行者の成長と共に構築式を変化させるものは数例しかない。ソフィーの持つShrineはそれにあたり、『Angel Quartz』の所有するひとつである。ベルガモットの母親はその情報を娘へ引き継ぐ前に死んでしまった。
 今、娘は母親の跡を継いで『Trinity cross』の中核を支えている。
 未だ彼女は母親の残した模倣品を組み直す事しかできないが、組織は形を成し、人種コミュニティ間の応酬に借り出され、保身ばかりの代表達の為に命を削り、上辺だけになりつつある政府を支えている。
 そんな状況において、ソフィーによって離れたものはベルガモットにとって目障りな障害物だった。
 
 『Trinity cross』も『Angel Quartz』も国内のコミュニティからは中立の立場を貫き、秘密たりえる存在であり続ける。しかし、その統制は国内だけのもの。
 ソフィーのShrineが第三者の手に渡り、ベルガモットと同じ力を持つ者がそこにいれば、現状の勢力拮抗は簡単に崩れていく。
 
 ケビンは『Trinity cross』の下部組織に交渉をかけてきた男の情報から、彼の弟が『暁の空』とソフィーとを繋げる存在だと知った。情報元は確かなものだったが、誰もそれを信じていなかった。
 しかし、ケビンはこの事をベルガモットに伝え、彼女を唆した。確証の無いまま踏み込むなと諌める兄の言葉を無視して、ケビンは男の行動を眺め続けた。
 『暁の空』はグラトニーのShrineの構成仮説に興味を持ち、彼に人員と資金援助をしていた。それだけでなく『Trinity cross』の業務へ妨害を繰り返す『黒翼』にも技術と物資援助を行っている。
 『暁の空』の後ろには『Angel Quartz』の保持するデータベース破壊を目的に動く『Vermillion Sands』がいる。『黒翼』は既に組織として機能していないが、『Vermillion Sands』は名を変え姿を変え、未だに活動を続けていた。その事を、『Trinity cross』の面々は分かっていた。分かっているのに、男の所作と経歴を訝しみ、誰も踏み込もうとはしなかった。
 メンバーの言うとおり、この全てが一本に繋がる事は無い。
 『Vermillion Sands』の人間ではなく、『Trinity cross』から逃げ出した男が現れたのだから。