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天国へのパズル - ICHICO -

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 ああ、何だったかしら。
 もう思い出せない。

 ヒナは直情的に彼らを受け入れた事を後悔していた。
 しかしこの男達以外にも、他人の気持ちを考えない人間がすぐ傍にいる。
 自分たちを駒の一つの様に扱い、娯楽にしてしまう位だ。その一番腹の立つ相手とこの体がヨリとソフィーの様に繋がっているから、死んだ自分が動いている。
 ならば、そのまま自分の身体にこの人たちの意識を定着させれば、繋がる人も彼らの情報を共有する事になる筈だ。
 それがどんな人なのか知らないが、ここまで他人に己の不幸を語り続ける彼らにはいいイメージを持っていない気がした。
 計算、予測、打算は無し。全て成り行き任せの選択だ。一度は死んだ身体が物事を考えて行動しているのだから、有り得ないことしか起きる気がしないし、何が正しいのか分からない。

 膝から崩れ落ちたヒナを支える様に犬が駆け寄ってきた。黒毛の犬は真っ直ぐにヒナを見つめている。
 その犬は見覚えがあり、ついさっきまで気にしていた。なのに、彼の事を何も思い出せない。それが悲しくて、ヒナは空いた腕で犬を抱き締める。
 騒音と衝撃音。ぶつかり合う姿も音もあやふやだというのに、ヨリが起き上がるのははっきりと分かった。
 刀は鞘に納まっている。ソフィーとのリンクはまだ切れていない。
 必死に立ち上がろうとするその姿は、昔の記憶を引き摺りだす。

 父親とはぐれて自分を捕まえようとする兵士の中、血塗れの姿で現れた少年兵士。
 彼は兵士達と同じ様に現れたのに、ヒナを見たとたんに味方に牙を向けて逃げろと叫ぶ。
 父親と合流したソフィーが現れ、ぼろぼろの刀を振りあげた。
 反撃の銃弾で吹き飛ぶソフィーの腕。
 爆風と刃の嵐が吹き荒れ、爆風からヒナを守るように倒れてきた少年兵士。
 疑問に思う事ばかりのその記憶は、周りの思惑に振り回されている自分だけのもの。彼、もとい彼女もその中で潔く死を選ぼうとした。
 だから、瀕死のソフィーの願いと彼女を生かす為、ヒナはソフィーから刀を切り離し、ソフィーはその身体を刀にした。自分の父親もこうだったと笑いながら。

 犬がヒナの頬に鼻息を吹き掛けた。

『あんたが俺の場所にいたんだ。』

 ヨリの姿が二重写しになって、感情がヒナの意識を震わせる。
 フラッシュバックすら飲み込もうとする陰鬱な彼らの中で、彼の叫ぶ感情がヒナの意識への浸食を止めていた。

 そこは貴方の場所だったの?

 ヒナは無言で見つめる。犬が言葉すら出ないヒナの顔に顔を擦り寄せてきた。

 ヨリというのは記憶のない彼女に父親が付けた名前であって、本当の名前も知らなければ、彼と彼女との間の繋がりは分からない。
 しかし、彼にとっての彼女の記憶は、ヒナがヨリに抱いた思いと同じもので、誰とも共有したくない大切なものなのかも知れない。ヒナの意識と同じ位置にいようとしているのだから。
 彼女の過去を知る人間の心を知ってなお、ヒナの目はヨリを見つめている。

 消えないで欲しい。
 そして、私だけの人でいて欲しい。
 思えばあの時、彼女が守りたかったのは彼だったのか、それとも自分だったのか。彼も同じ気持ちを抱えていたのだろうか。
 それなら彼を押し退け、彼女の傍にいた自分が抱くこの感情を何と呼べばいいのだろう。

 色々な疑問が行き交うが、それはもう聞く事も無い。それに、ヒナにはそれを考える力が尽きていた。
 ヒナの瞳は叫ぶヨリを写し、突き付けられた刃を眺めている。頭の中で絡まり続けたものが解けていく。
 解けたものはヒナの体から離れ、彼女の体を覆う光に変わっていた。

「抗う娘達よ。壊し、この因果を背負え。それがお前達の因果であり、私達の選択だ。」

 ヒナの唇から零れる言葉は彼女の言葉か。それとも男達の遺言か。
 振り下ろされる刄と共に、ヒナの見ていた世界は暗闇に溶けて消えた。


***********************


 ケビンの腕はベルガモットの首を掴んでいる。指先に彼女の鼓動を感じた。自分の腕はまだ触覚まで奪われていない。
 ベルガモットはケビンを見つめている。状況の変化を見ているうちに、首を唐突に掴まれて壁に押しつけられた。
 
「何の遊び?」
「犬共が飼い主に牙向きやがった。……っつか、そこまで出来ねー筈だろ。」
 
 2人とも考えている事は同じだ。現状は予測とは違う方向に定まっている。
 死体を対象にしてShrineを起動していたケビンの手は、今や彼が操っていた死体のもの。
 関係者である男二人の情報が彼らの感情と共にケビンの意識下に叩き込まれ、Shrineの動作領域へ侵入しはじめていた。
 愚かしいヒトという生物は感情と学習による判断で、望む形とは違う新たなものを引き出す。
 ケビンは苛立ち、自分の腕に爪を立てた。痛みは感じるが、何かが触れている感覚は無い。力は衰えるどころか強くなっていく。
 ベルガモットは険しい顔になったケビンをぼんやりと眺めていた。
 他者が動作中のShrineに干渉するなんて、己の処理軸を相手に合わせなければならない。そして、相手の情報開示を行う為に自分の動作領域を解放するのが絶対条件になる。
 今、ケビンの認知領域にいるのは意識の無い人間、他のShrineを起動中の人間。そして同じ条件を持つ動物。そのうちの誰かが彼のShrineのシステムへ干渉している。
 ベルガモットが現場に出る事も、実戦での処理経験も多くない。それでも、誰かがこの状態で彼の運動野や伝導路に干渉できるとは思えなかった。
 脊椎動物、特に人間の運動野へ干渉するのは彼の十八番であり、その構築式を彼のShrineに組み込んだのは、ベルガモットが畏敬する母親その人だった。
 
「干渉の程度はたかが知れてるでしょ。」
「“たかが”どころじゃねぇ。お前の犬がヘレンのガキが持つスペック使って共有かけてきてる。」
「待って……あの子に出来るのはShrine構築式を呼び出すのみ。データベースにもあの子のアカウント記述は無かった。貴方も確認したじゃない。」
「実行処理の履歴しか出さなかったんだ。3匹の糞野郎共が……っ……」
 
 ベルガモットの目が驚きで見開く。
 そして、細い指がケビンの手に爪を立てる。ケビンの手が言葉を無くした彼女の首を絞めつけていく。
 こうなってしまっては、己の意識野まで共有されるのも時間の問題。今は作戦等ではなく個人的な目的と欲望で動いている。強制力は何処にも無いのだから、勝手に終わる事も自由。
 そう思ったケビンは自分の肘めがけて拳を突き上げる。関節は曲がる方向から垂直に当てれば、力が素直に伝わり動かなくなる。見事にケビンの手はベルガモットを開放し、彼女は力なく倒れ付した。
 ケビンの腕は先程眺めていたグラトニーの侵食と同じように黒く染まっていた。彼からの共有はまだ止まっていない。だが、ケビンの起動したShrineから共有は始まっていた。Shrineを壊さずとも己との接続部分が負傷すれば動作が制限される。こちらの起動した端末での共有処理ゆえ、自動的に侵食速度も遅くなり、防御も容易だった。ケビンの男達の意識と記録はただの記録情報として彼の意識に残っていく。