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天国へのパズル - ICHICO -

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 彼女との最初の出会いも再会場所も戦争の混乱が残る地方都市、元々格好は女性らしからぬ様だったが、再会した時の彼女は黒い髪を下ろして刀を振り上げ、まるで悪魔の様だった。
 その悪魔がヒナを救い、ヨリを助けた。
 2人の人間に、しかも片方はヒナを追う立場の人間だった。彼女達が身を挺してまで守る程に大事な存在だったのか。ヒナの考えで思いあたるのは、腕に輝く謎だらけの赤い石だけだった。
 そして、絶対的な力によって起こる殺戮と、大人でも逃げ出したくなる異常な状況の中、片腕を吹き飛ばされたソフィーの言葉のままに、ヒナは自分の命の使い道を選択した。
 自分の持っていたその石がどういうものなのか、大元は何なのかは今も分からないまま。
 だが、ただの人間が感情だけで物の形を変える。ソフィーがその世界へ行くための鍵を持っているのなら、自分の持っていた石はそれに繋がる扉を作り出す存在だった。
 そして、ヨリとソフィーの持っていたものを繋ぎ、今ここにある。
 赤い石の存在はその為のもので、自分の存在理由はこれからの彼女達の選択に全て託している。
 しかし、自分が死んでしまった事で、彼女達は扉を閉じるすべを失ってしまった。先に見えるのは死という代償だけ。
 こんな事象を起こさぬように両親は自分達を隠し、その存在を秘めるように生きる事を選んでいたのだろう。
 理不尽な狂気の応酬は妄想と事実を交ぜ合わせてしまい、夢と現実の境界をぼかしていく。
 彼等の選択の優劣を決める事はしたくないが、死んだ今になってヒナは両親の心情に感謝していた。
 自分達の存在を隠した事に不満を感じても、恨みは全く無い。

 しかし、そんな状態でも感情は生きている時と変わらない。
 今ここに自分達を殺し、それからも殺した人間の身体を使い、理不尽を押し通す人間がいる。
 それが自分の未来だけでなく、全てを消し去ろうとしている。
 目の前の事象と勝手な理由に従う程、ヒナの気性は弱くない。寧ろ女性らしい激しさを持ち、ヨリに負けず劣らず荒々しい性格だった。
 誰かにとって自分達は生きている事すら罪であり、消し去りたいほど憎いものなんだろう。それなら何故、命を失った皆の身体を使おうとするのか。
 傀儡の様に使われ、腐れば捨てられる。こんな死に方を誰も望んじゃいない。
 抵抗する方法は分かっている。
 しかし、反逆しようにも自分の持つもの全てを拘束されたまま、人形のように動かされていた。何をどうすれば自由になるのか分からず、ひたすらに心の内で叫ぶ。
 誰でもいい。この状態をどうにかして。

 不意に、金髪の男の手が空中を飛んだ。刀を持つ腕があり得ない方向に歪み、折れた刀は再び宙を舞う。それが男の首めがけて真っ直ぐに落ちる。
 男はすんでの所で避けるが、避けると同時に壁に向けて吹き飛ばされた。
 誰がやったのか分からない。が、恐らく黒髪の男だと思った。何があったか知らないが、彼はヨリと行動を共にしている。ずっと彼女を守ろうとしていた。
 そして犬の鳴き声が響いた。金髪の男の腕からふり落とされた犬の遠吠えだ。

 『タスケテ』

 自分を呼ぶように響く彼の声は切なく、ヒナの感情を高ぶらせた。それに同調してヒナの体に力が漲っていく。
 自然に鼻歌は止まっていた。指先に力を入れると思ったようにスカートを掴んでいるし、視界も自分の思った方向へ動く。
 彼を助けるか、見捨てるか。それを考える暇なんて無い。今を逃せば何も出来ないまま終わってしまう。
 ヒナはスカートの裾を握ると、傷ついた片手を地面に下ろした。そのまま地面をわし掴んで引き上げると、赤く光る地面が布のように伸びて弾けた。
 裂けた割れ目から赤く光る糸が大量に吹き出す。出てきた糸は螺旋を描いて2つに解け、更に数を増やしてヒナの周りを覆い、熱を持たぬ身体に張りついていく。

 死ね。
 死ね。
 皆、死ね。

 人から向けられる愛想笑い、それに苛立つ感情、すれ違う温もり、孤独と喪失感。
 張りついた先から男達の情報と記憶、それに伴う感情が怒涛の如く流れ込んできた。気を抜けば飲み込まれそうな負の感情にヒナは顔をしかめる。
 彼らは今まで自分としか向き合う事をせず、その心情を打ち明ける対象を持たぬまま、ずっと孤独だったのだろう。そして、模索のうちに誰かの作り出したレールの上に乗り、何処に進むのか分からぬまま追い詰められ、人としての礼儀も本分も忘れてしまった。

「何だかんだ言ったところで、只の八つ当たりじゃない。」

 地面から赤い球体がぬるりと狭い穴から飛び出し、ヒナに覆い被さってきた。
 追い込まれた人間の考えそうな事なんて、自分のを残すための凋略か、周り全員巻き込んでの自爆。
 巻き込んでの自爆対象が自分以外のもの全部から1人に変わった事に、ヒナは言葉一つで動く彼らが自分と同じ短絡的な人間に思えた。
 周りが元に戻り、ヨリは倒れている。ソフィーとの繋がりを切り離さないと、彼女もソフィーと同じ事になってしまう。なのに、絡み付く彼等の妄執の塊がヒナを縛り付けていく。
 ヒナは腕に張り付く紐を束で掴み、そのままふり回した。
 紐は振り切れる事なく、球体はなおも形を変えてヒナを覆っていく。

 もう嫌だ
 去ね
 消えろ
 何故
 死ね

 塊は遠心力で広がり、ヒナの周りに赤い渦が出来上がった。陰湿で暗い感情がステレオの様に渦の中で響きわたる。恨み事と呪い、そして勝手な自尊心がヒナの残された感覚器全てに流れ込んできた。
 そんな声を聞かなくても、ずっと傀儡として見ていた事で、ヒナは男達が何を望んでいたのか漠然と分かっていた。
 それが何なのか人に説明出来やしないけれど、0と1の違いが分かれば簡単な事だった。
 望む人に敬い愛して欲しいと思うのなら、何故その人達が望む形で愛そうとしなかったのか。彼らのどうしようもない理不尽に命を断たれた者は、その選択すら出来なかった。その上、屁理屈で好き勝手な自死をされては、皆が死んでも死にきれない。
 皆が己の望む形で愛されるとは限らないし、愛してくれる訳でもない。感情と理屈は似て非なるもので、問いに対する1つの答えが全ての人に当て嵌まらない。0を変える力が欲しくて狂気へ手を伸ばしたにしても、もっと方法があった筈。
 目の前の赤い塊が引き摺りだした彼らの意思で、それはは自分達の選択を有効にする為、個体が依存できる場所を探している。
 それを実行しているのはヨリやソフィーと同じものだろう。彼らはこの行動で他人が心を動かし、全てを受け入れてくれると思っている。
 耳を塞がない代わりに、ヒナは力の限り叫んだ。

「ああ、もう!全部押し付けるから嫌われるのよ!馬鹿!ほんっとに自分勝手な人ばっかり!」

 ヒナは絡み付く糸を引きちぎり、赤い渦の中に傷だらけの腕を突き入れる。
 男達の思考と感情の詰まった塊は、空気の抜ける風船の様に萎みはじめた。
 それに併せて、頭の中は自分勝手な男達の記憶と感情が流れ込んできた。先程の比ではない。
 目が回る。意識が薄れ、体は全く動かない。
 流れに引き摺られて、どんどん自分の意識が掻き消されていく。

 あれも。それも。
 全部私だけのものだったのに。