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天国へのパズル - ICHICO -

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「そう。消えたわけ。死後処理でツギハギだらけだったのに歩いていたらしい。これ見つけた奴は失神と失禁、見た時の恐怖をプレイバックし過ぎて依願退職。公僕の失態とスキャンダルでこの内容は非公開になった、と。笑うに笑えんコメディさ。全く。」
「確かにな……しかし見れば見るほどフランケンシュタインさながらだな。趣味が悪すぎて反吐が出る。」

 真剣に資料を読むジンを横目にアルトは煙草を取り出して火を付けようとした。が、クローディアによってむしり取られ、違う煙草を差し出される。クローディアを見れば、自分が取り出した煙草の包装紙を破って銜えていた。中身はシガレットチョコらしい。紫煙の煙ではなく、カカオの甘い匂いが部屋の中を漂っていた。

「この子は……」

 捜査書類の最後のページに添付された写真にジンの目がとまる。
 あきらかに被害者ではない少女の写真だった。
 法務庁の国籍管理局の写真らしい。多少荒いデジタル写真だが、顔の造形ははっきりと写っている。肩まで伸びた薄茶色の髪。クローディアに似た暗く紅い虹彩。注意書には左肩に裂傷痕、上腕部内側と手の甲にイデア・プログラム被験者の刻印アリ。そう記されていた。
 形式的に書かれた記録の横で紅い瞳は此方を睨み付けている。

「重要参考人。しかも、ついこの間起きた事件の第一発見者で、容疑者の1人。ついでに被害者と同居していて、一昨日に捜査員が参考人として同行求めたところ逃走。目下の所捜索中。そこに書いてある。」
「プログラム被験者……と言うことはこのガキがが犯人なのか。」
「かもしれない。違うにしても何か知ってると思うから、警察も捜してるんじゃない?犯人かどうかはあんた達で決めて。」

 どちらにも取れる言い様である。
 この写真の少女があの写真のような凶行を行った可能性があるらしい。写真の中の少女が大の大人を惨殺する所など想像したくない。常軌を逸していた。
 彼女が犯人であるにせよ無いにせよ、クローディアが中途半端な言い方をする時には何か裏があることをジンは知っていた。ついでを言うなら、こういう中途半端な答え方をされると、ジンは断わる事ができなかった。

「やる気になったかい。」
「そりゃあね。」

 人が死んでいるから。ジンがそう付け加えると彼女は顔に似合わない剛気な笑い声を上げた。
 おぞましい凶行と人の死。そんな暗い言葉も彼女にとっては冗談に聞こえるらしい。眼鏡掛けてりゃくそ真面目な男だと、ひとしきり笑うと引き出しから警察の印が押された封筒を取り出す。封筒から札束を取り出してきっちりと数えテーブルに置いた。

「今、ここにある捜査関係の詳しい資料はそれで全部。報酬はここに経費含めで60万、依頼完了時に140万で合計200万。通貨単位はユーロ。仕事をするなら、持っていきな。」
「……内容の割に安いね。今回。5掛けじゃなくて6掛けにする気ねぇ?」
「馬鹿。手間の割に安い仕事だから、あんた達に任せるんだ。それと犯人や死体見つけても『始末』じゃなくて『確保』だから。動けなくしても、息の根だけは止めないように気をつけてね。」
「また手間な事を…。割に合わねぇ。」
「向こうには向こうの面子があるんだ。仕方ない事だと諦めて。」
「面子なんてあるのかよ。彼奴等にあるのって見栄だけだろ。」

 呆れ顔のアルトに向かって、彼女はもの凄い剣幕で睨み付けた。そのままの勢いで襟を掴んで捲し立てていく。

「見栄とハッタリしか無いから、周りにとばっちりが来るの。奴等のお陰でここにある情報揃えるのに、私が不眠不休だったんだ。目の下のクマなんて、この事件にいる生き物より質悪いんだから。それこそ、この猛獣を綺麗に消せて、捜査上のデータ位は依頼者へ全部流せって官僚共に殴りこみを掛けることが出来るってんなら、あんたの賃上げ交渉は考える。」
「……了解。とりあえずこっちを頑張る。」
「そうして。これ以上私の目の下にいる猛獣を繁殖させることの無いように。」

 不満はあるものの背に腹は代えられず。アルトは隣で写真に見入る男を一瞥すると、慣れた手つきで札を数えて懐に仕舞った。
 話が終わると同時に重苦しい扉から軽いノックの音がした。
 扉を開けたのは黒人少年のウエイターだった。きっちりとボタンの留まった白いシャツと耳についたピアスが、とびきり黒い肌に栄えていた。

「オーナー。そろそろ時間です。」
「なんだ。今日は早いね。」
「オーナーに夢中のトウゴー氏がお見えになられたので。」
「あぁ……飽きない男だこと。さて、今日も元気に可愛いキーボードを弾こうか。あんた達、今日は店に寄っていく?」
「遠慮する。どうせ高い酒をしこたま飲ませる気だろ。」
「当たり前じゃない。それが表立った商売なんだから。」

 クローディアは立ち上がると、机上に置かれたブレスレットを取ってドアに向かった。


 ***********************


 誰もが眠りで古い記憶を振り返る。
 数多く動き続ける拙い感情の中に澱む、たった一つの真実。
 それは全ての生物に平等に存在する。

「なぁ。俺がそっち側にいたとしたらどうした?」
「助けに行ったよ。それこそ映画のスーパーヒロインみたいに。」
「嘘、つかなくていい。」
「今更あんたを騙して何の得があるって言うの。人間は死を覚悟していたら、誰だって素直になるのよ。」
「うん。そうだな。」

 彼女がこの世界に存在したのはつい5年前のことだ。
 最後に彼女と会ったのは、分厚いコンクリートの壁と金属の扉を挟んでだった。いつも通りに馴れた相手に対しての口ぶりは饒舌で、飄々とした態度を続けている。まるで遊戯をしている子供の様だった。
 彼女はこれから無実の罪で実験動物と同じ扱いを受ける。
 生き残れば繰り返し実験動物の扱いを受け、大多数の動物達と同じ状態になれば、原因探究に向けて全身解剖に遺体は運搬されていく。
 どちらにせよ検体として華々しい死を遂げる予定だ。人道を無視したこの刑罰が公表されることはない。
 予定と言えども、決定項は天変地異でも起こらない限り覆えることは無い。
 きっと造り出された死体は使える部分を探して存分に切り刻まれ、標本としてホルマリンの中に漬けられる。お互いにこの状況をきちんと理解していた。
 だが、判っていても何もしていない。彼女はただ死を待ち、夢の主である本人はそれを見ているだけ。
 二人とも、出来ることなら何も無かったことにしてしまいたい気持ちだった。
 無力感を味わう事しか出来ない壁の前に立つ青年に向かって彼女は言った。

「そろそろ逃げないとヤバいんじゃない?帰る前に見つかるよ。こんな場所で倒れたりしたら、あんたもこっち側に来る羽目になっちゃう。」
「……そうだな。」
「まぁ、そんな事はあんたの親父がさせないか。自分の被害を他人に押し付けるのが得意でも、自分の名誉だけは守りたい男みたいだし。あんたは一応身内だもんね。うん。」
「……。」
「あ。物はついでだから言っておくけど、あんたはフェイクでも眼鏡は掛けてない方が男前だと思った。綺麗な顔が台無し。好きなコ出来た時には、眼鏡かけないで口説くことを勧めるわ。」