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天国へのパズル - ICHICO -

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「無視した挙げ句、安月給呼ばわりか。相変わらず常識の欠片もねぇな。このガキゃ。」
「お前を敬う常識なんていらない。役に立たないだろうから。」
 年下の子供に本気で怒る男を尻目に、少年は我関せずの表情で軽くかわして出入り口の扉を開けた。
「それじゃあ用は済んだ。」

 そう言って切れ長の瞳を更に細くし、姿を消した。


 ***********************


 第6区ヘヴンズ・ドア。
 直訳すれば天国の門。だが、言葉の意味がそのままだったなら、この街の天国は欲望に溢れた場所にあることになる。安い居酒屋から高級クラブ、ショーパブ、カジノ等…享楽と退廃と狂喜が街の殆どを占めていた。

「やっと来た。定時上がりの優雅な契約職員の分際で、来るのが遅いじゃない。」
「定時上がりでも邪魔が入れば遅くなる。」

 そんなヘヴンズ・ドアにあるクラブの奥部屋。
 外は看板を照らすネオンで眩しいぐらいだというのにこの部屋は酷く薄暗い。微かな照明だけが室内を照らしている。
 彼らを呼び出した声の主は皮の上等な椅子があるにも関わらず、大きな木目のデスクの上に腰掛けていた。妙齢の美人で、腰まで伸びた銀髪と暗紅色の瞳は、一度見たら忘れそうにないインパクトがある。
 
「確かに。ザル呑み野郎のおまけがいれば、フェイクかけ続けるのも疲れるね。」
「何だよ。俺はどこでも邪魔者ってか。お前の愛人の手伝いをしている奴にその扱いは酷いだろ。」
「愛人じゃない。仕事とプライベートのパートナー。とりあえず今回はアルトも協力してくれないと大変だと思う。」
「で、用件は何?」
「まぁ、これ見て。」

 そう言って新聞を放り投げる。目に入ったのはここ最近続いていた奇妙な事件を報じているものだった。

「ここ最近、こいつのお陰で表での客の入りが減っててさ。知ってる?」
「知ってるよ。いくら世間に疎くても。」
 
 無作為に人が襲われ、数日後には誰かの手によって死体が消える。ここ最近のニュースではかなり強烈なもので、マスコミでは大きく取り上げられていた。
 例に漏れず、渡された新聞にも一面に大きく「第5区にてまたも被害者が」と書かれていた。
 見出しの下には、物々しく動く警察関係者の現場写真が大きく印刷されている。ぺらぺらと新聞のページを捲ると、中の紙面にも関連した記事がいくつも掲載されていた。
 被害者は10歳の少女から30代の男女合わせて8名。彼らに共通点は無く、犯人探しは雲をつかむようなものだった。数少ない手がかりと言えば、正体不明の「獣」の存在だった。新聞によれば致命傷以外の傷は殆どがその獣によって付けられたもので、市街中心部の害獣駆除はきっちりされているにも関わらず、現場にも痕跡が多数発見されていた。
 しかし、目下の所その正体も殺人鬼も死体泥棒も全て捜索中と警察は詳しい情報は公開していない。
 新聞では新たな都市伝説だの、こんな時にしかお目に掛からない犯罪学者の憶測が飛び交っている。

「うちの常連からの依頼で、その犯人探すのを受けたんだ。やってくれないか。」
「断る。」

 ジンが答えを出す前に、何故か先にアルトが即答していた。

「ちょっと待て。それ俺の台詞だろう。」

 面倒なものは断るつもりだったから、ジンはジンで自分の言い分がある。それを言う間もなく遮られるのは不本意すぎて、文句の一つも言いたくなる。

「どうせお前が受けたら、俺も手伝う羽目になるんだからいいんだよ。」
「別に手伝わなくていい。役に立ってるとは思ってない。」
「なんだよそれ。そのうち泣きつく事になっても俺は知らないぞ。」
「その前に俺に泣きついてるのは誰だよ。」
「もちろん俺様。」
「それは胸張って言えることか?」
「言えねぇな。うん。」

 彼らの中途半端な珍問答は、彼女にとっては慣れた光景だった。言い合いの声が途切れるまでの間に、目の前にいた女性は椅子に座り直して煙草を取り出し、テーブルに置かれた書類を確認していた。

「なんだ。もう今日の漫談は終わり?」
「終わりだよ。話が進まない。」
「漫談のつもりはないんだがなぁ……まぁ受けるかどうかは別にしろ、んなもん警察に任せとけばいい話じゃねーか。」
「それがそうもいかない。」

 そして先程まで見ていた書類を投げる。
 捜査資料らしく最初の事件から事細かに記されていた。そこには関連性が認められないものの詳細や、非公開になっている被害者等報道には出てきてない情報が多々挙げられている。どうやら捜査資料からのコピーらしい。
 読み進めていくと尋常ならざる部分がいくつか目に付いた。
 まずは被害者の数。身元不明者と捜査関係者については伏せられており、それらを含めると計14人。
 続いて遺体に残されていた歯形。最初の被害者に残されていたのは2種類。件の獣ともう一つは人間の歯形。現在確認されているだけで4種類。そのうち3種については鑑定が済んでおり、それまでに死亡している被害者のものと一致している。
 そして被害者の遺体は全て死体安置所から盗まれていた。警備システム、監視カメラなどは正常に動作していて、不審者の痕跡は全くなし。
 死んでいた筈の被害者が霊安室から歩いて姿を消した以外は。

「化物に襲われて、ゾンビになって徘徊し始めて、化物と一緒になって人を襲ってる、と。」
「多分ね。普通の奴がそんなことすると思う?」
「んなもん人間びっくりショーだろ。」

 どうやら彼女の思っていた答えが返ってきたらしい。クローディアはにやりと不敵な笑みを浮かべた。

「人間びっくりショーで正解。警察の捜査資料にミスや隠蔽、ウソがなければ、犯行には『イデア』が絡んでる。もしくはジンと同じ様な奴。いたらいたで、そっちの方がびっくりだけどさ。」
「やっぱりなぁ。それ位の刺激がなきゃやってられねぇ。」

 『イデア』とは数年前まで行われていた人体実験の被験者を総称したものだ。人類の存続を目標に掲げた研究所で地獄を体験し、今も狂気を背負ったまま生きている人々を指している。理想の名を冠しているものの、実際は理想から見事にかけ離れていた。
 ジンは口を開かず頭を抱えるような仕草をしたものの、視線はしっかりと渡された書類に向いていた。書かれた残酷な惨劇を事務的な目で追う。

「SITはどうしたんだよ。対イデアに編成された特殊捜査班なんだろ。軍人並にしごかれてる連中もいるのに、出番無しだと面目丸つぶれじゃん。」
「ああ…アレね。その資料の中きっちり見てみなさい。非公開の被害者に、そこそこ顔のいい男が2人いるでしょ。」
「うん。」
「それ、SITの捜査員。」

 強烈にやられてる。
 彼女が言うだけあって強烈なやられ方だった。まさに四肢損壊、写されている固まりが、辛うじて人体の一部だと分かるぐらいだ。第一発見者は同僚になっており、その同僚も事件後の心的外傷が高く休職願いが出されている事まで記入してあった。

「これも消えたわけ。」