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天国へのパズル - ICHICO -

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 先に行った取り壊し予定のビルは、新興グループがドラッグと銃火器の交渉真っ最中、興業主を失った闘技場では孤児のチーム抗争のバトルが済んだ後だった。どちらにも2人の顔を知る者がいないという奇跡が起こり、その場所を縄張りにしているマフィアと勘違いされて、あっさり小競り合いに。その騒動の巻き添えから、射撃の嫌いなアンジェラの持つ自動小銃は弾が尽きてしまい、ルカのコートは蜂の巣になって只の布切れに、手持ちの棍は背の丈からハーフサイズに変わっている。
 補給を取る時間も無い上、この状態で身元がバレれば2人揃って株の値はガタ落ちだ。顔が知れていない奴の応酬を受ければ、今の微妙な装備で対処せねばならない。
 近道とカモフラージュにもってこいの道を選択した事で、ルカの不満は何時に無く絶頂になった。
 長い木棍はせいぜい近接戦にしか使えない。しかし、ルカは工房に出入りする者に頼んで手に入れ、やっと自分の手に馴染んできたものを持って来ていた。更にコートは姉のメイが仕立ててくれた大事な一着。久々の仕事とげんかつぎに着た事が裏目に出て、埃に塗れる羽目になるとは。黒いシャツを土色に変えながら、ルカが八つ当たりとばかりに小さな声で呟く。

「今度こそいるんだろうな。」
「さあねー。片方が裸を超えた王様だったから、勝手にドンパチやってくれてるんじゃない?」
「その勘はさっき外れた。クローディアもヘレンも節穴の目をしてる。」

 アンジェラは雑言への文句を押し込め、ルカを見た。ルカは苛立つ連れの様子など気にする事なく、それとなく辺りの気配を伺いながら早足で闘技場へ向かっている。
 その瞬間、アンジェラは彼の姿に自分の昔の姿を見た気がした。
 目の前にいる少年の年頃に、自分も都合のいい文句を言い続けていた。着の身着のまま、周りに悪意だけをぶつけていく。全てを拒絶し続けるルカの姿は本当にそっくりだ。それがつい昨日の事の様に思えて、笑いが込み上げてくる。
 何も知らぬ子供の時間は、理不尽な大人の煩悩で簡単に喰い尽くされてしまう。
 貶める奴等へ跪く事は簡単な生き方だ。
 しかし無知から来る我儘は、煩悩から組み立てられた理不尽に無計画で立ち向かっていく。それに理想を感じるけれど、それこそ命を簡単に失う馬鹿な生き方だと知った。
 気付いたのは何時の頃だろうか。

「何笑ってる。」
「あんた、やっぱりまだまだ雛みたいなもんだわ。可愛くて苛めたくてたまんない。」

 アンジェラの含み笑いに、ルカは不満げに舌を鳴らす。
 祖父も同じ様に罵られていようが笑って済まし、自分の孫は2人揃って可愛いと言う。その言葉が本当なら、もっと敬って崇めろ。ルカは外方を向いて歩を早めた。
 アンジェラはルカの後ろ姿を見て笑う。迷いのないその姿には、母性にも似た愛しさを感じた。そんな事を思う様になってしまったと、心情の変化に妙な切なさを覚えた。
 年を重ねた者と同じ事に憂い、その現実に気がつく時に人は老いを感じる。
 願うは愚鈍な奴等の時間を食らい尽くし、自分の望む存在意義を叩き込む事だ。
 アンジェラがここに生きる理由は、この街の中で育った孤児らしく簡単なものだった。煩悩だらけの街で育った事で、彼女は文化人に罵られる教養しか持たず、当たり前に人間らしい行為で年を重ねていきたいと思っていないのに。
 大多数の人間が宣う君主達が、身を粉にして働いた退役軍人と戦災孤児に何をもたらしたか。
 ルカの憤りとそれに対する感情は、素晴らしい程リンクしてくれるだろう。憤りの切っ掛けは違ったとしても。

「私の事は馬鹿で結構。そんな人生も結構楽しいもんよ。」

 アンジェラはルカの悪態を笑って、通路を塞ぐ壊れた看板を退けた。
 次に行く場所は、二人に渡したリストの最後だ。中央府にある賭博場の殆どはマフィアが協賛になって、会場毎にタブロイド誌へレースガイドとタイムテーブルを流している。闘獣をメインにするその闘技場はロシア系マフィアが主に取り仕切っており、掲載情報を見れば、普段の内容に加えてサービスゲームを行なう予定だった。
 しかし、政府の建築監査と興業主が選手の状況を慮るという名目で、昨日付けの夕刊に時間変更を提示していた。形ばかりの強制退場だろうに、付近の区画には人影すら無くなっている。恐らく大きな通りには、マフィアの私兵が検問を作っているのだろう。
 ここを仕切るファミリーのトップに立つ男の性格を思えば、公示した理由で縄張りの区画を無人にする等ありえない事だ。
 リーダーの為に命を張れぬ奴は生きる価値等無いと言い、生産性の無い獣はただのゴミと吠える。白黒の様に両極端な人種の集まるチームの教育は、組織が大きくなればなる程下の者に行き渡っていく。黒くとも白に変えられ、白い色は黒に染め上がる。
 明らかに外部からの圧力があったと、勢力争いに疎いルカでも予想が出来た。
 ルカは足に纏わりついた虫を踏みつけ、落ちているゴミの蓋を棍で後ろに放り投げる。

「ここにいなかったら、あの馬鹿とクソ眼鏡が死んでる事にする。」
「何の恨み?」
「色々だよ。」
「世の男全てがあんたの姉さん目当てじゃあるまいし…ま、両方とも人間らしくなる程度に頭打ってりゃいいんだけど。」
「それでいいのか?」

 ルカは歩みを止めて振り返り、アンジェラを見る。
 お前にも色々思う所があるんだろう。慮る健気な子犬の目つきだ。
 今更そんな顔で見てこようが、付き合いの長さで既に考えている事が丸分かりだ。面倒だらけの今の状況では、負けん気ばかりの子供へ売る愛想は持ち合わせていない。
 アンジェラは上辺ばかりのため息を吐いた。

「さあね。知らないわ。」
「それなら、何で庇うんだ?」
「大人の事情ってやつよ。…あんた、死ねばいいなんて言ってるけど、あいつのローンはどうする気?あいつには売れる臓器も無いでしょうよ。」

 冷静に切り込まれ、ルカの目はあっさり力を無くして沈んでいく。聞き出せるだけ聞き出そうとした子犬の仮面はあっさり壊れてしまった。
 公私共に己の我を貫く黄の事だ。臓器を売ろうが何をしようが、ルカが巻き上げてきた金は受け取らないだろうし、任された仕事を完遂しなければ己の力量を認めてはくれない。恐らく全ての責任は問わずに、アリの涙程の給料から彼のローンを天引きしていくだろう。一人息子の我儘からくる反動か。可愛いと思っている孫に、黄は殊更厳しい態度で接していた。
 分かり易い想像に世知辛さを感じ、ルカはゴミまみれの地面を眺める。あいつが糞ジジイを唆して、変な暗器ばかり作るからだ。失敗すればその作業費の半分を付けられると分かっている癖に。
 アンジェラはアンジェラで、本音を言えばこの状況を打破しないと、組織として面倒を抱え込む事になる。
 アルトの行為の7割は煩悩だ。しかし気に入った女性はどこまでも優しく接していた。平気でセクハラ紛いの事を言おうが、無茶な要求をしようが、全て許されるだけの情を向けていく。