小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天国へのパズル - ICHICO -

INDEX|53ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 何を待っているのか。

 考えても分からなかった。彼の手の甲や腕に刺青がある事も。レオがここにいる事も。
 しかし、自分と同じ様な状況だと思うと、その悔しさに唇を噛む。
 大人が子供にする約束など形ばかりのもの。何の拘束力も守る理由も無い。分かっているようで、全然分かっていなかった。
 家族と彼等のいた場所。それが自分の居場所であり大切なものだった。
 それを自分の手に戻す事が、ヨリの唯一の願いだった。それに命懸けになっていた筈なのに、あっさり忘れてしまっていた。そして、気付かずにいた非を突きつけられて動揺し、レオに切り札の一つを渡している。
 誰の所為でもない。切っ掛けを作ったのは、間違なくない自分だ。
 探し人の本質がどうなのかは、既に思考からは消え失せていた。契約を交した男と探し人は外見がとてもそっくりで、レオに切り捨てられた男は彼に恨まれるだけの事をやった。
 そして今、レオの怒りはヨリに向いている。
 お互いに自分の感情に忠実で、後先を考えず動いている。そういう性格であり、理屈で動く事を嫌ったまま再会してしまった。
 もしも立場が逆であったとしても、同じ様に刃を交えていた気がしていた。止めるものが無ければ、ここで全てが終わっていただろう。

 レオを通して一段上の場所で、二人の男が向かい合っている。あの男にこれ以上、助けを求めてはいけない。
 ヨリは手の甲に巻かれたハンカチを握りしめ、真っ直ぐにレオを見る。
 記憶の中にいた男と約束を交わした時、ヨリはまだ何の力も持っていない子供だった。
 しかし、今は違う。ヨリは夢の中で会った少女に力を求めていた。
 レオと自分は畜生の称号を与えられ、訳の分からぬ理由で殺し合いをしている。ヨリに至っては今もまだ十数年分しかない記憶の大半を忘れたままだ。
 それでも、この事象が起きた遠因に自分がいたとするのなら、夢の中で出会った彼女が形を変える何かを持っている気がした。
 それ以外に、待ち人が求めるモノは持っていない。

「教えて。」

 思ったままの感情を吐き出していた。
 その言葉に反応してヨリの右腕が熱を持ち、レオの持つ刀が淡い光を放つ。
 眼前に見えるレオの顔に夢の中にいた少女が重なった。懐かしい穏やかな微笑みと、挑戦的で不敵な2つの顔がヨリを見下ろしている。
 長くて黒い前髪をかきあげ、少女が口を開いた。

『何にもありゃしないよ。あんたが選ぶだけだ。奴等が次の手を打つ前に。』
「教える事なんて無い。今更泣いても無駄だよ。あんたは俺をあいつに売ったんだ。」

 レオはヨリの眼前に左手の甲を掲げる。少女も手を挙げる。お互いに違う動きをする2人が被って見えている。どちらもリアルに動き、夢と現実の区別がつかない。
 既に彼女のお陰で、何時もより色んなものが見えていた。遠くにある人の気配や他人の一瞬先の動きが分かり、レオよりも少しばかり早く動く事ができた。それが彼女の物差しでいうところの「最低限」らしい。
 それとは全く違う異質のものが目の前にある。見えているのは自分だけなのか。
 レオは刀を下ろし、ヨリの顔を見る。
 少女は混乱と驚きで目を開くヨリの顔を笑うと、後ろを振り返って倒れている男を見た。
 二人の人間が違う動きをするのに、2人とも右手に刀の柄を持ったままだった。

『そろそろ向こうが動く。』
「俺の事、忘れてたんだろ。」

 2人の声がステレオの様に反響して響く。レオの言葉も上の空に、ヨリは倒れていた男へ視線を向けた。
 レオに斬られた傷は元に戻っている。手帳を片手に動きだした。
 男は起き上がってヒナの横に立った。さっきレオが斬った腕は服と一緒に繋がり、平静な顔でこちらを見ている。
 男の持っている手帳は彼の手に乗っていた。収まりの悪そうな位置で真っ白になったページが勝手に捲られる。そして、色鮮やかな青い背表紙がぱたりと閉じた。

『さぁ、どう組み立てる?』

 少女は男とヒナ、そして暗闇の向こうを睨み付けた。
 異様な気配を感じてか、レオも振り返って男を見た。
 その口から低くしわがれた声が響く。先程聞いた声とは全く違うものだった。

「system open」

 本が白い光の束に変わり、あっという間に男の体に纏りつく。脈打ちながら人型の繭玉が出来上がった。
 ほんの数秒の間だろうか。光の繭玉は吸収されて、そこにはヨリの見知らぬ人間が立っていた。金色の髪に茶色の瞳、背の高い年老いた男だ。虚ろな眼が二人を見ている。
 男はゆっくりと首を回した。その顔には笑みも蔑みも無い。感情を持たぬ仮面を被った人形がそこにいる。
 トリックと言おうにも、他の人間の気配は無かった。あり得ない状況に表情を凍り付かせた2人を見て、男の隣に立つヒナが笑った。

「タイムリミットだ。」

 男は穏やかな声で呟く。

「さぁ、鬼ごっこの後片付けを始めよう。」

 手を上げると虚空を男の指先がなぞっていく。指先に淡い光が輝き、その光を追うように黒い糸が現れる。糸は何かに導かれるまま地面へ降りて行った。照らすライトが暗くなったのか、ヨリ達の足下は暗い霧に包まれる。
 少女は刀を手放して男の指先から現れる文字列を見ていたが、足下の暗さから何かに気付いたらしく、二人に叫んだ。

『走れ!』
「まずは君に協力してもらおうか。我儘を言う子にはお仕置が必要だ。」

 少女の声より一寸早く、男は訝しい顔をするレオを指差し、十字を切ると軽く手を叩いた。暗闇の渦がレオの足元に集まり、六角の模様が入った円陣を描き出す。渦に驚いて飛び退いたレオを追って、黒い霧は矛に変わり、鋭く尖って飛び出した。
 レオの反射より寸分早く左手の刺青を貫き、黒い霧は刺青へ吸い込まれるように消えた。
 貫かれた部分は元のまま変わらない。レオは濃灰色の刺青を眺めて安堵する。
 しかし、突然刺青が脈を打つ。レオは顔をしかめて左手を抱えた。
 刺青が形を崩し、彼の皮膚を浸食していく。あっという間に腕は刺青の色に染まり、どんどん青黒く変色していった。レオはそれに驚き、刀を振り上げようと腕をあげる。しかし、剣先は地面に貼り付いたまま動かない。
 変色した腕は震えて身体の自由を奪い、その手のひらを刀に伸ばす。それを逸らそうともがくが、左手は彼の重心を地面へ落としていく。
 地面に倒れ臥す瞬間、レオの左手は刀を握っていた。居場所を見つけたように握り締め、指から黒く変色した血が噴き出す。
 離さなければ指が斬れる。ヨリが手を出そうとした瞬間、レオの左手は刃の先を振り上げた。
 貼り付いていた刃先はヨリの差し出した手を掠める。刺青を覆っていたハンカチが落ち、手の甲の刺青を割いて鮮やかな赤い色が溢れた。刃先はヨリの顔を向いている。

「何だよ、これ。」

 驚きと戸惑いで、レオは叫ぶ。
 黒く澱んだ血は重力を無視して刀の柄を伝っていた。弾かれる筈の血液は刃を侵蝕し、白い刃を黒く染める。
 ヨリは傷のできた己の手を見た。刺青のある右手は赤いラインを邪魔する様に、黒い刺青が皮膚を浸食している。右腕の内側にも同じ刺青があるが、そこも併せて虫のはい回る感触が纏りついてくる。