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天国へのパズル - ICHICO -

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 イデアとの戦闘は、これ迄にもhollyhockの依頼で経験していた。基礎動作は動物的で単純明快なパターンが多い。中途半端に仕込まれた無駄な動作は、更なるドーピングで引き上げられた身体能力がカバーするだけだ。
 しかし、彼の動作にはそれらしいムラが少なかった。戦闘の基礎を叩き込まれているエリートなのが腹立たしく、更に問題をややこしくしている。
 息吐く暇もなく刃を振られ、ジン身を逸らす。少年はそのまま刀を持つ手を組み替えて、容赦無くジンの急所を狙って刃を突き込んできた。
 鋭い突きがジンの頬を掠める。赤く伸びた鮮血にレオは笑みを零した。
 ジンはイスの隙間を縫う様に逃げる。ヨリは彼らの後を追って通路を走る。不意に動き回る3人を追うように、黒い影が天井から降りてきた。
 盛大な音を立てて椅子を壊し、降り立った金髪の男は組合う2人を狙って駆け、刃を振り下ろす。

「危ない!」

 ヨリは素早く間に入り込み、ジンを突き飛ばして刀の鞘を振りかざした。
 ジンが少年の手に触れた瞬間、派手な金属音が響く。
 何とか刃の方向を逸らしたものの、ヨリはそのまま椅子の中に転げ落ちた。男の刃は綺麗に2人の真横にあった椅子とコンクリートを叩き斬る。
 転がったまま、ヨリは降りてきた男を見上げる。
 男の腕に、顔に。生きる屍となった奴等と同じ蜘蛛の巣の模様が赤く現れている。そして、ヨリの持っていたものと似た形をした刀を持っていた。
 さっきの奴等とは全然違う。
 勢いと勘でやった事は、思った以上に無理があったらしい。ヨリは起き上がろうと椅子の縁を掴むが、足も腕も震えて動かなかった。衝撃の重さに力負けして、掠めた刃先で額と手の甲を切っていた。ヨリの視界は片方が赤く染まり、視界を遮る。
 金髪の男は競り合う2人を眺めると、転がったままのヨリの襟を掴んで持ち上げた。

「相手を間違うんじゃない。お前の相手はコレだろう。」

 ヨリの体をそのまま振り、遠くへ放り投げた。ヨリは先程まで立っていた舞台上に落ちる。その体は勢い良くボールの様にコンクリートの上を転がった。
 ジンは放り投げられたヨリを追おうとするが、金髪の男が立ちはだかり刃を向ける。刃の先はまっすぐジンの首を指していた。金髪の男は楽しげな笑みを浮かべ、少年に投げたものを顎で示す。
 何度も自分の向かう先を邪魔されているが、彼に相手を選ぶ選択権は無かった。
 少年は不満気な顔で刀を持ち替え、リングに向かって飛んだ。気だるい調子でヨリの元へ歩いていく。
 ジンはどちらも制止する事が出来ず、ただ金髪の男を睨み付ける。

「久しぶりで悪いが、お前の相手は俺だ。事が済むまでは此処にいてもらおう。」

 疑問と困惑に変わる顔を見て、金髪の男は愉しげな顔をした。疑問に気を取られているジンの顎に向けて、刃を旋回させる。
 咄嗟に後方へ踏み切るが、揺れる前髪が刃を掠めて落ちていった。刃は向きを変え、その腹目掛けて刃先を突き込んできた。ジンは刀の腹を狙って蹴り、足先に巻込んで踏み付ける。先程の攻撃が無理強いだったのか、刀は踏みつけただけで簡単に折れてしまった。
 金髪の男は笑顔で刀を手放した。放り投げたヨリを眺めて呟く。

「所詮はスペア。役にも立ちやしない。」

 どちらをけなした言葉なのか。ジンは折れた刀の柄を蹴り飛ばす。短くなった刀は軽い音を立てて転がっていった。
 ジンの殺気だった顔を見て、男は加虐的な笑みを浮かべる。

「……何を企んでる。」
「そんな顔で迫るな。すぐにその首へ首輪を嵌めてやる。」

 手のひらに広がる赤いラインが色を濃くしている。男の後ろには彼等の企みの舞台が広がり、少年はヨリの直ぐ傍に立っていた。
 そちらへ向かう事もできず、ジンは間合いを取って切っ掛けを窺う。
 もしも彼の持つものがShrineと同期化したものだとするなら、彼女の命以上にこの街全てが掛かっていた。

 Shrineは起動する度、『生命の樹』と名付けられた何処にあるとも知れぬデータベースから、自然界の枠を超えた超常的な演算子でプログラムを動かしているらしい。
 使う本人は、それが何をしているのか迄分かっていない。
 己の体がどこかの誰かの力で自由自在に形を変えてくれる。力のままに動かせば少しばかり締め付ける様に頭が痛む程度。理屈なんてものは考える方が無駄な事で、Shrineはそんな便利なドラッグアイテムでしかない。
 根本はそんなものではない。頭痛は脳に課せられた処理スペックをShrineに開放する際に掛かる負荷であり、『生命の樹』を構成するコードによって定義化されたプログラムは、施行範囲を執行者の遺伝子塩基配列で決定している。基となるシステムとその塩基配列を定義するのは、プログラムを支える『生命の樹』の構成素のSephilotにある規律を熟知し、記憶メモリであるShrineへのパスキーを持つ『神の子』のみ。
 それによるデメリットは大きく、起動する度に分解と再構成を繰り返して細胞は劣化していく。異様な状況下に置かれることで精神も不安定になる。使役される限り安らかな死など望む事はできず、死ぬ時は情報としてShrineの元となるシステムの中に組み込まれる。
 『生命の樹』を形成する規律に殉じ、『神の子』はその為だけにShrineを持つ人間を選別し、守り続ける。
 圧倒的少数にしか分からないShrineの理屈と秘密が、組織の中でずっと守られ、今の国家機軸を支えていた。

 Shrineを執行している者は、兵器としてのメリット以上にデメリットを抱え、もしも使用形式を崩す様な事があればshrineのシステム崩壊が起こる。
 今、指示系統の処理を担っている彼女の脳には、プログラムのコードが一時的に動作している。それとShrineのリンクを無くしてしまえば、プログラムの実行構成が成り立たない。動作中のShrine自体が無作為にプログラムを構築し、メルトダウンをおこす。
 傍にいるのなら、彼等の狙いは別のものだ。

「何を壊す気だ。」
「さぁ、お前が連れて行った奴に聞いてみな。」

 男は両腕を上げた。真っ赤に染まる両手へ青い稲妻が走り、淡く白い火花を起こす。
 彼と対峙したのは子供の頃だった。十人並みの丈であるジンと比べると、若干向こうの方が長い。その頃と今の体格に差は無い事と、Shrineの執行元の眷属にいる現状は、更に選択肢を狭めていく。相手に何ができるのか分かっている。迂闊に踏み込み首を取られれば、今までの選択全てが無に還る。


***********************


 ジンが目の前の男をいかに振り切るかを思ううちに、少年は転がっているヨリの元に辿り着き、うずくまる体を蹴った。
 足先が腹に当たり、ヨリは鳩尾に入った衝撃と突き上げる吐き気に咳き込む。
 とぼけた感覚でも痛みは感じる。腹の傷は地味に他への意識を奪うし、打ち付けた背中にはズキズキと重いものを背負った感覚があった。
 彼が恨むのは尤もな事。それを思えば、痛みを感じるのは当たり前の事なのかも知れない。力無く起き上がると、レオは穏やかな笑顔でヨリを見ていた。白く光る刃先は真っ直ぐにヨリの顔を指している。