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天国へのパズル - ICHICO -

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 彼女の言う事は分からないままだ。
 だが、自分は彼らの作った箱庭の中でずっと踊り続けている気がしていた。狂った死の螺旋の中で、その踊りは今も続いている。舞台の上の道化師は目の前の観客を笑わせるだけの滑稽な存在だ。哀れまれる環境下からプライドの塊に育ったピーターに押しつけられた仮面は、歪んで伸びた彼の誇りを簡単に叩き潰した。
 羞恥に叫んでいたのかもしれない。恐怖から泣いていたのかもしれない。
 ただ、この場所から逃げ出したかった。

 どうしてだ。
 何故俺がこんな目に合うんだ。
 俺があんた達に何をした。

 忌々しい顔で眺めるベルガモットの皮靴に手を伸ばす。
 触れるか触れないかの瞬間、ピーターの頭に痛みが走る。
 何が刺さったのか。見上げようとするが首は動かず、眼球の焦点はゆっくりとぼやけていく。何かが体の中を走っていく感覚があった。地面に付いた手の感触は薄れ、目の前の色までゆっくりとぼやけたものに変わっていく。

「邪魔。」

 ケビンの声が頭の上から響いた。
 横からの衝撃でガラス窓の方に転がり、2人の姿が目に入る。ピーターを見る事も無く、ガラス窓の向こうを眺めていた。どうやらケビンが蹴り飛ばしたらしい。脇腹に微かな鈍い感触が残っていた。
 そして、2人が今の己の姿を見ていない事が嬉しかった。唇から涎を流れ出し、まともに動く事の出来ぬ己の姿等、誰にも見せたいとは思わない。

「ベルガモット、喋りすぎ。」

 ガラスの向こうは何が起こってるのか。
 今のピーターには掠れて聞こえる声を聞き取る事しか出来ない。
 不意に誰かがピーターの体を持ち上げ、座席に乗せた。置物の人形か玩具の様に座椅子に座らされる。

「相手はトニーにして下さい。あいつは貴女に好かれたくて必死だというのに。」

 後ろから声が響いた。動かぬ体でも声の主が眼前に動いてくれた事で、誰なのか分かった。先程黒服の少女を連れて来た金髪の男だ。
 ベルガモットは拗ねた調子でピーターを指差し、甘えた目付きで男を見上げる。

「仕方ないわ。この人が全部言って欲しそうな顔でわめくんだもの。それに、ケビンがいるから後でどうにでも出来るでしょ。」
「ま、ね。聞きたくない文句聞いてやった分、全部をなすり付けてやる。」
「楽しみにしておくわ……全部スタンレーが甘く見ていたからよ。こんな事、やってられない。」
「それが好きで溜まらないんでしょう?」
「ええ。楽しみさえあれば。」
「それなら、貴女の元から逃げ出した番犬がやって来ましたよ。」

 狭い部屋の中で大多数が眺めている。ウインドウは背の高い男と子供2人に占められ、視界はあっさり遮られた。体も動かせぬ状態では何があったのか見る事も出来ず、訳の分からぬ状態で束縛される苛立ちからまた涙が溢れた。

「賭けはどっちも負けだな。」
「…その様ね。」
「デリック。制限は掛けないから、あいつを微塵にして来て。」
「了解。」
「簡単に潰さないでね。私の大切な玩具なんだから。」
「それはどうでしょう。」

 何か思うところがあったのか。無表情に変わり、金髪の男が立ち去っていく。
 苛立つ2人の子供の顔が丁度見えて、姿も分からぬ邪魔者に心の中で拍手を送った。
 それが天使だろうが悪魔だろうが構わない。その人物に全てを賭けていた。

 お願いだ。俺の前からさっさとこいつらを消してくれ。


***********************


 先程訪れていたお陰で、ヨリの連れて行かれた場所は分かっていた。
 立ち見席から、闘技ホール中央を見た。ピンスポットの当たる中央部で、2人の子供が戦っている。
 ジンは胸ポケットから懐中時計を取り出し、握り締めた。

 どちらを守るのか分かっているよね。奴等に全てを渡してはいけないよ。

 黒髪の少年の声が耳に届く。その文言は父親のShrineを奪い取り、ジンに渡した男の模倣を繰り返す。
 ああ、分かっているとも。
 全ての人間を0と1の渦の中に収め、彼等の規律とその卓上で絶対数を勘定し、平気で切り捨てる奴等がこれを組み立てた。直ぐそばで高みの見物をしている。
 彼等の影がなければ、君も己もそんな願い事等言うことも無かった。そうだろう。

「system open」

 止まったままの時計の針が、現実の時間を歪める。
 赤いラインが腕を這い、握り締めた腕から血の沸く感触と、脳の一部がマヒしていく。決められたキーコードを言う度に感じるそれには、毎度慣れた気がしなかった。何か別のものに食われていくそれは、これをジンに授けた男の怨念なのかもしれない。
 たとえ何も知らずに彼の企みに乗ろうとも、己の守るべきものを奪われ、失われたものを渇望する。その悲しみを同じ血族に与えたいのだ。

 自分の時間が動き始めた。そこからは異常なテンションと異常なモノの見える世界がひろがり、上下左右の感覚など考える意味が無くなる。一歩を踏み出せば彼女はすぐ目の前だ。
 丁度ヨリが競り負ける瞬間だった。刃の当たる寸前でヨリの痩せた腰を掴み、肩まで抱え上げて観客席へ跳躍する。脆いコンクリートの壁を踏み、座椅子のある場所まで跳ぶと、ジンは担ぎ上げたヨリの様子を見た。
 ジンが自分の持つShrineを起動して回避した所為か、急激に掛かった重力の衝撃で刀の鞘を掴んだまま放心状態になっていた。
 しかし、腹に付いた彼女の傷、己の腕に付いた刀の傷も掠った程度で済んでいる。そして彼女の腕には、自分のものと似た赤い模様が浮き出ていた。
 予想通りの状況と予想外の状態に、ジンはヨリを担いで相手方の様子を伺う。
 クローディアの情報では、彼女が持っているであろうShrineは刀の形式を取っている。それは何が起こっても変わらない。ならば何故、実行元である筈の彼女が刀の鞘を持ち、対峙する少年が刀を持っているのか。
 一組の刀を奪い合うにしても、持っている人間が間違っている。Shrineが執行者を傷つける事は有り得ない。
 ジンの肩の上でヨリは混乱した頭を振り、刀の鞘を握り直した。

「な…んでいるの?!」

 そんな事を喋っている間は無い。ジンはヨリの言葉を無視して、その体を地面に降ろして構える。
 獲物を取られた事に腹を立て、少年はあっさりと壁を踏み台に跳躍し、ジンへ刀を振りかかった。逃げる間もなく間合いを詰めてくる。
 彼女を標的と考えているのだから、対処法は避けるのみ。逃げるべきところなのに、ジンの知るShrineの知識がヨリと刀をこの場に止めていた。
 使用している間の形態はShrineによって千差万別だ。ジンの得ているヨリの情報は彼女の身なりとShrineの形までで、その情報ですら古いもので不明瞭なままだった。

「あの刀は誰のだ?」
「え?」
「あいつの刀はお前のか。」

 言っている間に間合いを詰められ、ヨリとの間に刃が走る。白い刃は、ジンの動きを追う。
 少年は器用にジンの死角と急所を狙って刃を振るう。