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天国へのパズル - ICHICO -

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 父親を殺した奴等が権力を持つ者だった事にショックは無かった。だが、花壇の花の様子を語る調子であっさり言われてしまい、埋まる事の無い格差を感じてしまう。首を掴む手は力が抜け、だらりと地面に落ちた。
 ベルガモットは膝に手を当てて足を組む。
 思い当たる所は一つしかない。記憶に残る父親の妄執が、彼らの権力を脅かすものだった。彼女は財閥令嬢のしとやかな仮面を外し、冷淡な暗殺者の顔を顕にした。先程と変わらぬ調子で話し出す。

「ソフィーは望んではいなかったけれど、母さんがプログラムを書き換えたみたい。あの人は資格も何も無いのに、踏み込まざるべき場所へ入ろうとしたんですって。」
「…あの刀の事か。」
「それに気がついていないなんて……貴方もグレゴリーも本当に鈍感ね。凶器は誰にでも使えるもの。そう思う事は研究者として落第点よ。」
「そうかも知れない。……だが罪を犯したと言うのなら、大多数の用いる法で裁けばいい。何の為の司法だ。」
「だから私達の法で裁いてる。生かすべき者は誰なのか。貴方はShrineの本当の意味を知らないから、全てが不自然に見えるのかもね。」
「只の夢の産物だろ。」
「その夢が現実に変わるのよ。物質の根源を支える『生命の樹』。それがヒトの手で出来たモノと繋がる事で、『契約の箱』が生まれる。『契約の箱』はShrineとして人と繋がり、使用者を生命の枠から外す。それが神の意思を代行する為の過程だから。」
「は?『契約の箱』に『生命の樹』…フィクションの単語に何の意味がある。」
「言ったでしょう。これは私の話であって、お祖父様『達』が私とお母様に与えた課題。お祖父様から引き継いだ私のリアルがこれなの。だから私がこれを使う時は、あの人達と同じ様に命を賭けている。」

 そっと己の指輪に唇を落とした。指輪に嵌められた石は黒い石だったが、唇が触れると真っ赤に輝いた。
 命を賭ける。
 ずっと簡単に使われていた言葉の筈なのに、命を燃やし尽くす輝きを持った赤い石と、彼女のい抜く様な瞳と言葉に打たれ、あっさり黙り込んでしまう。
 ベルガモットはガラスの向こうを睨み付け、無機質な表情で言葉を続けていく。

「その領域を踏みにじる者には死を。あの男の殺した人間はグレゴリーの被験者であり、アキラが守ろうとした人間。あそこにいる奴等全員、規律を破った罪人よ。」
「殺したって…」
「新聞はちゃんと読むんでしょう?レイモンド・ロイ、ティム・アネーキス、ブルース・ソーク、ビル・エドワーズ…この人達の共通項は知っているわよね?」

 聞き覚えの無い名前でも、彼女の言動に当てはまる狂気染みた内容なんて、ここ最近では1つだけ。
 ベルガモットが挙げたのは、獰猛な獣を連れて繰り返される連続殺人の被害者達の名前だ。連日報道されるそれには何の感情も持たず、ピーターはただ大学に通い、普通に講義を聴き、研究室に入り浸っていた。
 全て自分とは関わりの無い話だと思っていた。

「彼等には共通項がある。馬鹿な猛獣に喰われてバラバラにされただけじゃない。…・『暁の空』と『黒翼』の事は知ってるでしょう。」

 不意に出てきたテロリスト集団の名に、ピーターは顔をしかめる。
 『暁の空』はShrineの破壊と戦勝国家による管理社会から民族全ての融和を謳った秘密結社、『黒翼』はヘブンズ・ドアで組まれていた武装組織だ。
 その二つの名前は昔の新聞を読めば、大きな事件の一面を飾っている。
 『暁の空』はかなりの極左派で、モール大の構内爆破事件や中央府科学庁高官の誘拐でその名が知れ渡った。しかし、誘拐事件においてリーダーであるルパート・ライトの逮捕によって活動は縮小し、数年前に幹部のジェロニモ・ブロンディが出した解散宣言によって、彼らの活動に終止符が打たれている。
 その行動に比べれば『黒翼』は凶悪そのものだった。議会が強行採決したヘブンズ・ドアの規制によって拘束されたマフィア構成員の開放を要求し、列車爆破によるフェルディナンド・ベニントンの暗殺、そして内務省事務官であるロビン・デネット一家の殺害、資産家エルバート・エリオット殺害事件を起こした。資産家殺害事件においては、主犯であるステラ・ハイトラーが射殺されたものの、エルバートの姪が誘拐されたまま行方不明となり、未解決の事件になっている。
 当時、エルバートは既に事件とは関係ない事でゴシップを賑わせていた。当時総務省次官であったヘンリー・ロウズと姪の監督保護権をめぐって法廷闘争を起こしていた。それに殺害事件も相俟って、妄想染みた報道が更に加熱した。
 その頃まだピーターは幼いばかりの子供だったが、カラーで掲載されていた少女の新聞写真は覚えていた。白い髪と紫色の瞳はインパクトがあり、攫われた彼女の事を可愛そうに思った。ヘブンズ・ドアにいる子供は、汚いばかりの馬鹿ばかりだ。美しい姿をしていた彼女には似合わない。
 思い出した今も、生きているとは思っていない。生きていたとしても娼婦かマフィアの愛人が上等。攫われる事も無くどちらに引き取られていたとしても、政略結婚のままに、社交界で華を咲かせていただろう。

 それとこれとは話が別じゃないのか。
 そう思った瞬間、ピーターの頭の中を1つの単語が過ぎった。

 Shrineは夢を現実に変える産物だと彼女は言い続ける。狂った現実の記憶に、何故か彼女の妄想とフィクションの言葉が絡みついていく。
 殺し合い、奪い合い、全てが1と0しかない極論の世界。これがベルガモットの言う夢の世界で、その形がこれなのか。
 ベルガモットはピーターを眺める事に飽きたのか、立ち上がってガラスの向こうを眺めた。

「研究熱心なアキラはグレゴリーの仮説とソフィーの行動からShrineの規律に気が付いた。そして、今は無き『暁の空』のメンバーとソフィーにその事を話した。ソフィーはその内容を私達に知らせず、アキラと友人であるヘレンを守る為に規律を破った。それの所為で『黒翼』に守人を取られて、母さんが組んだShrineのシステムは形を変え始めている。……アキラ、『暁の空』、ソフィー。彼等は死を持って償えぬ罪を犯している。時効なんてものは存在しない。」

 ベルガモットを追って、ピーターも視線をガラスの向こうに向ける。
 目を離している間に、ガラスの向こうでバトルロワイヤルが佳境を向かえていた。
 少年が刀を奪い取り、それを知人の顔へ刀を振り下ろす。溢れる鮮血がコンクリートを紅く染めて行く。

 彼は味方ではなかったのか。
 何故あの人が死ななければならない。

 少女が何らかの合図を送ったらしく、少年2人は刀と鞘を持ち、対峙する。間を置かずして激しい打ち合いが始まった。
 殺し合いの螺旋の答えは何処にもない。この後殺されるのは、どちらなのか。それとも、どちらでもないのか。この闘議場の外側にいる人間なのか。
 妄想と狂気の中では、大多数の言う倫理観等意味が無くなる。ピーターは己がどうして此所にいるのか分からなくなってしまっていた。あの場所で血塗れに転がっているのは、誰であろうと自分を連想させるものでしかなく、自分がそれを防ぐ術を何も持っていない。妄想の中の現実が彼を責め立てていく。