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天国へのパズル - ICHICO -

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 ルカが黒いコートとグレーの功夫服をで出て来ると、アンジェラは絹の袋に入っていた武具を取り出していた。

「ねぇ、皮手袋あったら貸して。あと弾、9mmパラベラムはそこにある?」

 その声を無視して、ルカは鍋に水を入れて焜炉に置く。
 あえて仕込んだ失敗は、これが還暦を迎えた者共へ仕込んだ夜食故、構わない事にした。普段はきちんと作っている。しかし今日は嫌う者に適当で無茶苦茶な話をされている中だった。それでここまでやっている事に感謝して欲しいと思った。ルカにとっての師は、口うるさい肉しか食わない不健康不良爺の集団で、彼らのお陰で姉を自分の元に留めている。食事に対する文句はいつもの話だった。
 それ以前に、ルカはコレができる頃には戻って来れる気がしていた。何ら味を付ける事も無く、鍋に蓋をして木棍を持った。

「相手は誰?知ってるんだろ。」
「どっちの?」
「姉さんに手を出したファック野郎。」
「後片付けが済んだら教えるわ。予想で良ければ…・っつか、それ聞いてどうするの。」
「潰す。」

 笑みを浮かべるルカへの疑問は言わずもがな。溜め息を吐いたアンジェラは、錆びた梯子を降りて行った。
 ルカは木棍を旋回させる。背の丈とそう変わらない長さの棍を滑らかに回して、綺麗な円の残像を残す。傍目にも軽く見えるが、長さがあると遠心力がかかり、間合いの取り方も普通の構えとは変わってしまう。たかが木の棒。されど、ようやっと持たせてもらえた武具だった。

「勝手にたそがれてないで、降りて来なさい!急ぐんだから!」

 姦しい声が階下から響く。
 ルカは濃灰色にくすんだ空を見上げた。弱肉強食で自由主義のこの街は、勝者だけが生きていける。
 しかし、他人の泥を食らわねば死ぬ。それを嫌がる者は、その身から喰われてしまう。
 例え世界が一度壊れても、捕食者と被食者の螺旋は動き続けていた。
 人に悪意を持たぬ姉には、そんな場所へ立たないで欲しい。その為なら喜んで己の手を畜生共の血で染めよう。

 それもまた正義。それもまた人生。


***********************


 ヨリは刀を抜いたまま光の差す方へ駆ける。
 終着点だだっ広い円形の広間の真ん前にいたのは、探し続けた人が一人の少年を従えて立っていた。
 そして、彼等からは一歩引いた場所で、こちらを眺めていた。
 死んだ少女は顔に付いた傷は綺麗に縫い合わされ、無表情のままこちらを見ていた。
 その青白い顔には傷を繋ぐ糸だけでなく、先程見た黒く醜い模様が這っている。彼女の体にも先程自分をさらった人々と同じ痣が浮き出ている事に、ヨリは憤りを覚えた。
 彼女は生きてはいない。そして、悪趣味な者の手で、本物の人形にされている。
 驚きと悲しみ。そして、そのとんでもない状況を、広間の中央に立つ一人の男は至って普通の顔で受け入れていた。
 ヨリが返り血を浴びた姿でやって来る事等、まるで分かっていた様に微笑んでこちらを見ていた。

「久し振りだな。」

 話しかけてきたその人は、ヨリの知る人と同じ顔をしていた。髪は以前よりも伸びていて、少し頬がこけてやつれた雰囲気になっている。しかし、姿も体型も帰って来なくなった時と似た様な感じだ。
 ヒナの様に血の気が無くなった状態に見えなければ、肌の内側を走るラインも分からない。傍で見る限り、きちんと命を持つ生きた人間そのものだった。
 見た目はそっくりで疑う部分等無い筈なのに、その微笑みに違和感を感じた。
 彼が絶対に触れるなと言っていた貴重品を持ち出し、彼の一番嫌う暴力を振り上げて、ヨリは此所に立っている。そして、その刀を抜いて暴れたヨリに平然と笑い掛ける。
 殺されたヒナが、誰かの傀儡にされて此所にいると言うのに。
 久し振りの再会等という甘い感覚は無く、ただ目の前にいる男を睨みつける。

「貴方は、誰?」
「なんだ…俺を見ても分からないのか?」
「私は同じ顔の人を知っています。だから、貴方が本物か偽者か知りたいだけなんです。」
「俺とそれとは違う、と?」
「ええ。」
「じゃあ、全てを忘れてしまったのか?自分の事も、何もかも。」
「全部とかじゃなくて…・思い出せなくて分からないから聞いてるんです。」

 苛立つ感情に、ヨリの語気が強くなる。
 目の前の男の容姿や物言いに既視感はある。だが、それが自分の探していた人と同じとは思えず、先程見た傀儡と、夢の中で見たノイズが頭の中を這いずり回っていた。
 
 恐怖が形になれば、己の中にある希望も、何もかもを壊していく。それが分かっているからこそ、確証が無ければ安心できない。
 自分の感情と存在を否定され、誰も信じられない場所へ立つ事を強要され、理想の存在理由を求め続けたヨリにしてみれば、彼とヒナがずっと自分の中心に存在していた。
 それがいなくなってしまい、傍には何も残っていない。ならば、何が自分を形作るのか。

 そんな不安の中で口を開けば、声は掠れていて、膝は震え始める。
 彼に自分を褒めて欲しいのか、それとも愚行を叱って欲しいのか。目の前にいるその人の答えは想像出来ない。
 だが、前に立つ人間が探していたその人であると信じたかった。
 思い詰めたヨリの様を見て、男は呆れた顔で青い布張りの手帳を取り出し、筆記を始めた。ページをめくりながら溜め息を吐く。

「投薬は2年6ヵ月前より無し、経過観察の余地有り、と。お前の言う事に信憑性は無いけれど、マウス実験も短期間のもの、単独投与の結果自体が微妙な結果だったからだろうな。現状の検査でもしてみない事には、何もかもが予測の産物だ……まあいい。ちゃんと、ヴィンセントのモノを持っている。お前にしては上出来だ。」

 彼の答えは更なる疑問を与え、混乱したヨリは立ち尽くしてしまう。
 この人は一体何を言っているのか。ヴィンセントとは誰の事だ。
 呆然としているヨリを見て、男は刀を持つ手を指さした。

「さぁ。それを止めて、俺に渡せ。」
「止め……る?」
「ああ、そうだ。そんな事まで忘れたのか。」
「何も忘れてません!」

 目の前にいる人が何をしたいのか。ヨリは質問のボールをたった一球のみしか持っていない。それは投げっぱなしのまま、あっさり放置されていた。
 スポットの当たる場所に立っていれば、何が起こるのか分からない。もしも狙撃手がいれば隙を与えるだけで、何の利も得られない。ヨリも目の前にいる人も、警察と賞金稼ぎに追われる身なのに。
 警戒から未だに刀は抜いたまま持っている。その腕は力を導くラインで紅く染まっていた。
 それら全てを止め、持っているもの全てを彼に渡せば、何が変わると言うのだろう。
 犯人と疑われている状況を打ち崩す証拠になると言われても、この刀やそれに付随する力にそんな事ができるとは思えなかった。
 そして気がつく。もしや傍観者を名乗る少女が選べと言ったのはこの事なのか。
 そうだとするなら、本当に無茶苦茶な問題だった。確かに生死の選択だが、判断する要点が全く分からない。おふざけにも程がある。
 考えずとも、ヨリの答えは決まっていた。ただ刃先を降ろし、正面に見据えて構える。

「私の疑問に答えてくれる迄、渡しません。」