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天国へのパズル - ICHICO -

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 情報担当の女王様は、仲間内に黙ったまま思い込みを押し通し、胡散臭い面々の名前や経歴が虚偽のものである事を確認。
 負けず嫌いからくる寝不足の調子で、聖人面した畜生等が雇われているに1.2倍、本物のゾンビ開発をした奴がいるのに3倍、全てが盛大なコントで構成されているに10倍の配当を付け、強制ダウンを余儀なくされた。
 出した駒と繋がるものが黒幕であれば、hollyhockに回さなくてもいい敵を作ってしまう。依頼内容の完了よりも一番早い手を打つ事となり、アンジェラが黄の所へ馳せ参じた。

「まぁ、こんなところです。」

 守秘義務を無視した説明を終え、早口で喋り続けたアンジェラは、碗の茶を啜ると唇を舐めた。
 碗から仄かに薫る匂いと優しい味は、誰に対しても甘い声で囁き、穏やかな眠りを誘う。本能を目覚めさせるには、ちと軽過ぎる。
 せめて苦味の利いたビールがいいと思いつつ、アンジェラは窓の向こうを見る黄の顔を見据えた。
 黄は顎を撫で、窓の外を見上げる。煌々と妖しい光を放っていた月は、ゆっくりとその濃さを増し、空と同化し始めていた。

「実行犯の一部はあの男のいた眷属……それで、向こうの頭数と戦力分配は?」
「そこまで分かっていたら、こんな格好で此所に来ませんよ。前線へ出れないオリバー並に場数踏んでいて、常時出撃可能なフリーランスなんて、此の辺りには何処にいるんです?」
「安直だな。」
「それはもう。貴方なら相手の知らない癖まで見切ってくれますし。撤収にはもってこいです。」
「だからって、お前らン所にはラルフがいるだろ。あいつはどうした?」
「クローディアが全力で止めたので、出撃は却下。その我儘娘を押し付けました。」
「あいつが行けば事も早く済むだろうに…あのお姫さんは無茶を言う。相手方だけでなく、手前の兵隊まで可愛がってどうする。」

 黄は溜め息を付き、冷めはじめた茶碗を傾ける。
 アンジェラは茶碗を黄に向け、鼻息荒く反論した。

「別に愛じゃありません。寧ろ叩き売りされている喧嘩の仲裁に、うちの一番手を差し出すなんて、こっちが馬鹿を見るだけです!」

 元々好戦的な性格の為、アンジェラはクローディアと対処においてぶつかる事が多い。しかし、今回は女王様の意見に大賛成だった。
 鼻っ垂れた馬鹿の恨み事とそれを悪乗りさせた奴等への説教を、盤上にいなくても良い筈の王様に任せるのは、子供の喧嘩に大人を巻き込む様なもの。癪に触る。
 それこそラルフが全員の回収に行くと言った時、クローディアが全力で止めた事で、オリバーが黄にヘルプを出して犯人及びその他諸々を回収する案を提示した。
 こんなふざけた事をやる馬鹿が顔見せを始めていれば、その不抜けた面を殴り倒せる。そんな場所への撤収ヘルプなら、一人でも行きたい。そう言ったアンジェラが同伴に決定した次第だった。
 簡単に暗い場所へ降ちる事ができても、マフィアやテロリスト並に戦う事や、それをリアルに味わう機会は多くない。そして、何時も自分の上を行くアルトに借りを作れる事が嬉しくて、アンジェラの気分は高まっていた。
 しかし、黄にそんな感情や内輪の話まで話す事も無いと、アンジェラは薄く頬を染めて笑う。

 そんな元気な顔をしているアンジェラを見上げると、黄は茶碗を空にして一考する。
 彼女がギャランティを持参して己の元へ馳せ参じる事が久し振り故、それまでの依頼歴から出して来る用件は容易に予想が付いた。更に、彼女は知人の教え子、たまに此所に来て黄の知る武術の教えを請う勤勉な者。頭も勘も聡い上に、大概の問題は対処できうるだけの力量を持つ事が、内容の度量を難解にしていた。
 黄は深く溜め息を吐く。
 出来うるものなら、笑顔のまま温かい布団にくるまって、人生の終焉を迎えたい。しかし、その願いは無理なのだろう。
 この国、この街、この場所にいる限り。

「その事は、他に知らせたのか?」
「いいえ。全速力で此所に来ました。」
「投げ場が無いんだな。」
「ええ。公の組織を使うにしても、処理できそうにない内容ばかりですし、こちらは折角のパイプをぶった切る訳にもいきません。」
「そうか……あの小僧にも喋らなんだ内容でこんなに土産をくれるなら、後片付けは相当危ない事だなぁ。」
「そこは御想像にお任せします。私は死なない様に立ち回るだけなんで。」
「ははっ、違いない。」

 アンジェラは残っていた茶を一気に飲み干し、窓辺に置かれた茶盆へ碗を置くと、部屋を見回した。
 興奮半分残りは勢いの状態で部屋に入った為、あまり気にも止めていなかったが、部屋には未だ仕事の断片が残っていた。その辺りのデスクに置かれているのは、暗殺等に使う武具の原型ばかり。色々な形の鋼や柄が整然と並んでいる。明らかに製作工程の途中、組み立てる作業等を残した物ばかりだった。

「窯の火を落としていても、そこそこに忙しいみたいですね。今は中休みで?」
「ああ、見ての通り。宣とビクトールの到着待ちだ。」
「只今梃待ち…じゃあ、しばらくはルカが自由時間って所ですか。」
「そうさな。本当に急ぎなら、儂では無くうちの守銭奴を指名してくれ。宣は今日の夜にも着く予定だから。」
「…それでいいんですか。」
「お前さん方の決める事さ。儂ではなくルカを指すのなら、これは返しておくよ。」

 黄は手に持つ革袋をアンジェラへ差し出し、多少戸惑った顔をする彼女に職人の笑みを向けた。

「アレには儂と違う才や技量がある。だが、いかんせん経験が足りん。金で命を買おうとも、こればっかりは買えんものさ。」

 黄はにやりと笑った。笑い方は、彼の孫が悪巧みをする時のそれとそっくりだった。
 未だ『匠』の跡継ぎとして名を与えずとも、孫が持つ本質と才は認めているらしい。誰が見ようと、その笑みは自信に溢れていた。
 そんな笑顔は外様の奴にでは無く、認める本人に向けて欲しい。その様が矛盾だらけの物言いに思えて、アンジェラは少し憎らしく思った。

「どうしましょうか、ねぇ…。」

 アンジェラは手に持つ碗を覗き込む。手の込んだ品らしく、白磁の内側に白い花弁が舞っている。製作の工程は知っているものの、自分の手で同じものを作る事は出来ない。この事件の主犯の感情と同調した様に思えて、渇いた笑みを浮かべた。
 黄を信じる程、アンジェラはこの件の全てを見ている訳では無かった。
 分かっているのは、この件のキャンパスに色を付けた首謀者が、利己主義ばかりを押し通す馬鹿を使い回していて、その勢いで絶対主義を振りかざす畜生でしか無く、その様相はアンジェラ達以上にクローディアの癪に障る。それだけだった。
 恐らく首謀者は、気の狂った研究者を押し出し、ヘブンズ・ドアを拠点にするマフィアの不要人物か最下層に生きる者を犯人に仕立てる。そして、己の欲しいものをあらかた取り去り、想定した犯人全てを殺してエンドロールを決めている。
 それが禍根を残すものとは、首謀者達は考えていないだろう。