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天国へのパズル - ICHICO -

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 それを悲しくは思えども、そんな戦火も黄の年が干支を一回りした程度の頃。還暦もとうに過ぎた今では、長く続いた今の生活が逃げ出したい程辛いものでは無い。それに、当たり前の生を求めて必死になっているお陰で、痛みばかりを強要する絶対権力に恨み事を叫ぶ気力は起きなくなっていた。
 それ以上に、妻である珱玉が無くしたものを思って月を眺める事が多く、共に懐かしいものを眺めて晩酌していると、喪失感に苛立つ感情が幾分落ち着くようになっていた。
 珱玉が死んでからもそれは変わらない。嗜む物がアルコールから、孫娘の好きなお茶に変わりはしたが、この休息は黄の心の中心の歪みを修正していく大切なものだった。
 しかし、黄がいる場所は政治と人が集まる歓楽地の一角。静寂の裏側は喧騒が支配し、再生の為の破壊を繰り返す。
 黄のいる部屋にある重いばかりの鉄のドアが軽い調子で叩かれた。赤毛の女が軽々とドアを開け、黄に笑顔を向ける。

「今晩は。」
「この間は小僧で今日はあんたか。アンジェラ。」
「ええ、相変わらずお元気そうで何よりです。」

 彼女はどうやら急を要してやって来たらしい。本業では着る事の無さそうな真っ白いシャツと、泥と埃に汚れたジーンズパンツの姿だ。扉を素早く閉めると、黄の横にあるチェストにワインの大瓶と皮の小袋を乗せた。
 黄は目の前に置かれた小袋を取り、中を取り出す。入っていたのはブレスレットが一本きり。ケースに入れて保管するべき細工と、手触りの優しい鎖には薄紅色に輝く石が鎮座していた。その鎖を繋ぐ様に、大粒のダイヤモンドとルビーがちりばめられている。
 手垢の付いていないブレスレットを丁寧に革袋の中へしまうと、黄はワインのラベルをしげしげと眺めた。

「リンド工房のアダマスシリーズに、グラッシー社の農園限定……まさかワインのラベルを張り替えてきたんじゃないだろうな。」
「ブレスレットはクローディアのもの、ワインはラルフの秘蔵品です。ヘブンズドア指折りの強者にパチモン流す程、私達は馬鹿じゃありませんから。」
「しかし、今日は何の用だ。この間はセントラル=タイム社のガンツへの伝達、その前がゴシップ狸のシェーマスからの連絡依頼、そして向こう側からやって来たスペードのジャックへのコンタクト。その続きか?」
「まずはこの仕事を受けるか受けないかの答えを。受けないのなら、これは私の…」

 革袋を掴もうとしたアンジェラの手を退け、黄はじろりと睨んだ。

「お前さんが手土産抱えて儂に会いに来たというのに。用件くらい見当が付く。」
「それはまた。有難い事で。」
「ピエールやオリバーとの付き合いが長かったお陰でな。」
「そう言われてしまうと何とも。ボス共々、毎度ご迷惑をおかけしてすみません。」

 黄は深々と一礼をするアンジェラを横目に見上げ、傍に置いていた碗へ茶を注ぐ。
 黄は未だに卸業と戦闘屋の兼業でこの街にいるものの、ご贔屓の依頼人は同じだけいい年をした年寄りばかりだった。そろそろ高齢者か化石と呼ばれる者ばかり。時間の軸には逆らえず、寄り集まって情勢や攻略の形式を読もうとも、自らその場所に乗り込む者は数少ない。
 素直に礼を立ててくれる彼女の様な人間を、黄は愛しく感じていた。兄弟の病を治したいとはいえ、金儲けだけに目を血走らせる血縁者の方が、人間の質を悪く感じてしまう。
 耄碌してきたと己を戒めるものの、礼には礼を返すのが道義というもの。黄はアンジェラに熱い茶の入った碗を差し出した。

「答えは決まってる。これまでの経過と状況を説明してくれれば、それでいい。」
「私から話せる範囲でいいですか。」
「ああ、構わんよ。」

 アンジェラは茶碗を持ったまま、滔々と説明を始めた。
 先程までクローディアは、外注で得た情報の大半を隠していた。hollyhockの面々が知ったのは、軍部に軒並み名を馳せているルブタン家、くしゃみ一つで世界経済に影響を及ぼすアーヴァイン家の使用人名列のみ。隠していたのは、その人事・配属状況に関する事だった。
 『Shrine』に近しい力を持つクローディアは、それを知る顕示欲に憑かれた者共から狙われ易い。しかし仕事はと言うと、堅固なイントラネットへ侵入せねば、基となる情報が得られない事がある。クローディアが回線を集約しているステーションにまで出向く事は、馬鹿共へ自分の居場所を知らせるに等しい。
 その為、調査対象に名を連ねる者や雇用状態、彼等のスケジュールまで抽出する作業は、媒体と直接接触する人間に頼る事が殆どだった。それでも、必要な情報以上に不要な物が大半を占めて、必要な情報を厳選する事で大幅の時間を消費する。
 しかし、今回はそれが吉と出てくれた。
 hollyhockの一面を軽く驚かせたのは、名列を寄越した情報源からのアフレコだった。

 アーヴァインの末娘の身辺警護と、ルブタンの子供の傍に付き添っている者に、名簿に載る履歴と容姿の一致しない人間がいる。
 そいつらは、ヘブンズ・ドアにいる奴等の比ではない。彼等がいると、複数張り付いていても簡単に巻かれてしまう。
 しかも、特定し辛い顔立ちをしていて、彼らの写真を押さえる事が困難だ。

 ピラミッドの頂点に君臨する名家が、名前も経歴を持たぬ人間を雇う。
 そんな事は普通では有り得ない。しかし、彼らの情報から期間を逆上れば、今から3年程前から確認されている。
 通例から外れた奇妙な状況と、そんな事をする人間を、クローディアは少しばかり知っていた。
 祖父母が亡くなり孤児となった時、己の出自を知る人間に強引に引き取られた。その折に近しい者を見ていた。彼等は名を持たず己の事を『使徒』と呼び、国家が定めた法に沿わぬ者を消していく。
 組織名は不明。母体となる機関も不明。要人の護衛に立つ得体の知れぬ傭兵の存在は、『Shrine』と並ぶ裏側の伝説だった。
 分かっている事は、雇主が地方行政ひとつを育成するだけの金を用意せねばならぬ事と、雇用契約が成立するは富裕層や政治家、軍部の官僚が殆ど。
 依頼内容は護衛から諜報活動、殺人まで。夢と妄想もかくやという内容の羅列が続く。
 全てか謎ばかりの組織で、大方は政府に飼われる警察組織か、軍部公安が仕切る諜報機関と専らの噂だった。確証の無い情報だけが中央府では歩き回り、hollyhockに来る者や、ヘブンズ・ドアで働く者の殆どは国家の仕組むプロカバンダと馬鹿にし、熱く訴えるクローディアはその部分でのみ『愚者』の称号を与えられていた。
 それも数年前までの話。架空と思われる組織の中枢に属していた兵隊が、居場所を投げ捨てhollyhockの面々に依頼をした時、彼女の戯言は真実へと転換される。

 被害者の接点は、ソフィーの死を確認した医者と接点のあった者。もしくは、イデアに関する罪状から国際裁判にかけられ、不起訴になった者しかいない。そんな奴等に殺戮の凶行を行わせる事等、無理な話だ。
 しかし、現に殺人は行われている。混乱を呼ぶ痕跡のみを残す周到ぶりを見せている。
 状況を見る限り、彼等がいてもおかしくない。