小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

天国へのパズル - ICHICO -

INDEX|37ページ/73ページ|

次のページ前のページ
 

 この事件の要点は、動かなくなったものが何らかの目標を持たされ、その目的を敢行している。
 その動いているモノが蛋白質で構成されておらず、綿や布等の有機物に置き返れば、ジンはそれに近い事をする人間を知っていた。
 今、声を掛けてきた彼の関係者はクローディアと同種の人間だ。システムそのものを構築できないものの、その機能を再構成する力を有している。そして、その友人がその力を持っている。
 時計を掴もうとした右腕が軋んだ。こんな奇怪な事等、彼等の作る輪の中にいれば至極当たり前のものだろう。
 彼等が存在するは、人の感情を捨てる場所。彼等の定める神の元に作られた例規に準じ、その基準形成の為に頂点に立つ人間を見張る。そして、規律から外れた者を狩る。血反吐も出なくなるまで鍛え上げる事で、人間の感情は打ち捨てられ、嫌でもアンドロイドに変わる。
 彼の言うとおり、昔に比べれば勘もスキルも鈍っている。そんな糞より下劣な場所から離れてしまえば、上等の品も朽ちていく。
 しかし、彼等の場所を拒んだ事で、それだけの罪を背負い、それだけのものを無くし、やっと一人の人間としての命を得ていた。彼等の理屈で罪に問われたなら、出て来るのは言い訳のみだと分かっている。だが、断ち切る際に起こったその全てを後悔する気持ちは無い。
 『残酷』から正義を作る彼等は、何時までも他人の死を刻み続ける。不快感に睨み付けるジンの顔を見て、彼は愉悦の笑みを浮かべる。右手にメリケンサックを付け始めた。

「まあ、ショーが程々に進む迄ここで止まってくれ。主の御観覧の演目で、あんた達の出番はまだまだ先なんだ。」

 彼の主人が考える事は予想が簡単だ。
 その場にいる参加者全員の死。勝者が一人になる迄ゲームは続けられ、その勝者の懺悔の声があれば、称賛の声を上げている。勝者に与えられるのは栄光ある死。

 この事件の様相。
 逃げ出した少女の持つShrine。
 そして、唐突に現われた裏切り者と、其の持つ時計。

 おおよその形を描いたのは犯人だろうが、今この場に集まる全てが彼等の規律に反するもので形成されていた。
 選ぶのは己の意思。逃げる気なんて無ければ、進む方角なんて自ずと決まる。
 あの少女が舞台上に引き上げられた事を考えると、数を減らさずに進み、死人を減らしておきたい。
 難しい顔をするジンに、アルトは顎で男を指す。

「アレはお前と同じ奴?」
「いや。」

 否定するジンの顔は平然としていた。その顔を見て、アルトは屈伸を始める。
 短気に暴走した相棒は、その男を見下すのではなく、邪魔な障害物として見ていた。それだけの態度で、此の男の器量は分かった。そんな憶測が出来る程度に、ジンの判断を信用している。
 まだまだ元気いっぱいの右肩を回すと、すぐ傍に転がる飛び散った肉片と石ころ、転がっている鉄パイプを拾い上げた。

「じゃ、俺がこの勝負を買った。」

 ジンが止める間も無く、アルトは肉片と石を軽く放り投げ、鉄パイプを持った左腕を一閃する。石ころに肉片が巻き込まれ、肉弾は男は顔面ストライクゾーンに打ち込まれた。それを半身で避けるが、アルトは避けた男の元へ踏み込み、顔面目掛けて鉄パイプを振り上げる。
 甲高い金属音と気合いのぶつかり合いが、辺りの空気を微かに揺らす。

 自分の思うがまま。どこまでも自由。

 アルトのそんな勝手は、事を上手く動かす事が多い。ジンの会った人間でこの男ほど、戦いの神様に愛された奴はいなかった。この場をアルトに任せ、お互いに凶器を押さえ込んだ状態の間に、ジンは入り口の闇を走り抜ける。
 押さえ込んだ男の舌打ちに、アルトはしたり顔で笑った。

「ざまぁみろ。」

 アルトが力を落とすと、鉄パイプのめり込んだ右手を振った。ひん曲がった鉄パイプは、コンクリートに呆気なく転がる。
 ジンを追いかける気は失せているらしく、目の前にいる最悪に失礼な男を睨み付けていた。
 アルトは再び間合いを空けると、手の甲にある結び目を解き、ズボンに血糊を擦り付た。体中血に濡れているのにも関わらず、散々拭い、再び血まみれの布を固く巻き付けた。
 肉片の弾丸は壁に張り付いている。男の顔にも誰かの血が、少しばかり飛んでいる。

「嫌な奴だ。」
「テメェがな。」
「礼儀も無い。教養もない。よくアイツがお前を相手にしている。」
「腐った根性でゲームを楽しんでるお前のご主人様よりマシじゃね?高見の見物かましてる辺りで、此所に生きる奴よりイカれてるよ。」

 ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべるアルトに、男は嫌悪と苛立ちを感じた。思いもよらぬ方法を取って邪魔をしてくれた上に、自身が敬意を持って仕える主人に愚弄の言葉を吐き捨てた。
 主人からの叱責はあるだろう。だが、目の前の男は自身のプライドをどこまでも踏み付けている。その笑顔は全てを退けたこちらの気分を、一気に不愉快に変えてくれる。
 普段なら相手もしない人間だ。だが今、彼は相手にしなければ不快感を与え続ける者がいる事を知った。此の男は主人の眼に現れる事すらおこがましい。此所で始末しておかねばならない。
 殺気立つ男の様相に、アルトは満足げな顔で声高らかに言い放つ。

「そんなお前は、俺様以下。ショーをぶち壊しに行ったあいつ以下。そこに張り付いた肉の奴以下。生きる価値も死ぬ価値もねぇ屑の最下層だ。ま、そんな屑野郎はテメェ一人じゃ無いだろ?」
「ほざけ。」

 煽るだけ煽ったからか、男は一直線にアルトとの間合いを詰め、憤怒の形相で殴りかかってきた。
 やはり判断は間違っていない。ジンより簡単で、沸点の低い馬鹿だ。
 アルトは半身のまま後退し、首筋目掛けて手刀を振り出す。男は突き出した腕を引き戻すと、アルトの手を掴み、そのまま引き込んで壁目掛けて押し出された。
 受け身も何もないまま、アルトは壁に派手に叩き付けられる。

「やはりこの程度……がっ……」

 男の呟く声が掠れた。頸椎に打撃を打ち込まれ、視界が醜く歪む。
 打ち込んだアルトの拳には血に濡れた服の袖が、デリンジャーを握ったままで縛り付けていた。
 負傷していても、何かを握れば拳は鉄鋼になる。更に、握るモノが固ければ最高に上等。痛み以上の打撃を、相手に与えてくれる。
 それに今と同じ事をやって、この男が再び引っ掛かるとは思っていない。
 こんな事が出来る程、弾倉を縛り付けた手が持ちそうになかった。既に何本かは骨がイカれて、感覚は痛みを超えて麻痺している。先程飲んだビールに漬けて冷やしておきたい気分だった。

「こんなもんだよ、俺は。さぁ、次は何をするんだ?」

 やり過ぎ!その手をイワしてまで何をしたいの!

 更に煽った瞬間、アルトの探し続ける彼女から説教を受けた気がした。確かにその通りだ。何がしたいのか全く分からない。
 勿論、疲労困憊でとっ捕まえた少女を撫でくりまわした時も、アンジェラを馬鹿にしている時も、ウォルトをいじり倒している時も、自分が本当に何を望んでいるのか分からない。しかし、その声が聞こえる限り、自分が前に進めると思っていた。