天国へのパズル - ICHICO -
彼女が死んだと思えば、心の中で聞こえる説教は思い出話に変わってしまう。アルトにとっては彼女のいた時間こそが今であり、現在であり、未来だ。過去の思い出にするにはまだ早い。
その声が聞こえる間は、まだ彼女が生きている。そう言って何が悪いのか。
「仕方無い。主もお許しになるだろう。」
未だ打撃によってふらついている男は、右手をすっと撫でた。装着したメリケンが形を変えて、拳に張り付いていく。
彼の手数に愉悦を感じた。相棒にジンを選ぶのは、性格以上にこういう無茶苦茶な奴が事があるからだろう。命がけの現場は嫌いだが、それが無いと張り合いが無い。だからこそ楽しい。だが、全身がボロ雑巾の状態では特攻姿勢になったこの男を諌める方法も、ジンが戻るまで五体満足に身体を持たせる方法も全く分からない。
できることなら逃げ出したい。
だが、逃げる気も無ければ、ジンがあの子を取り戻すと思っていた。
先程攫われてしまったあの子は気性が荒く、自分の特性すら分かっていない馬鹿で、自分や追いかけさせた男に近しいものを感じていた。だからこそ、全てを任せる気になっている。
己が進む方向はまだ決まっていない。攫われたあの子に至っては、未来も生存の可能性も未確定のままだ。
自分の事ぐらいは何とか出来る。お子様の方は、同じだけ不器用に生きる奴が救ってやればいい。
作品名:天国へのパズル - ICHICO - 作家名:きくちよ