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天国へのパズル - ICHICO -

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「ああ。そして、俺の主様から伝言だ。モノを持って来る奴がお前さんの仕込みでも、場合によってはお前さんの為に動かしているあの子も使って始末をつける、と。あれをキズモノにしたくないなら、主の興を殺がぬ様に頑張りな。」

 観客席に黒衣を纏った一人の子供が立っていた。手に縫合線の残る少女だ。金髪の男を雇う主人の力によって、彼女は失った筈の生を再び維持している。
 彼の為に甦ったお姫様は、舞台の真ん中に立つ男の顔を見て、にわかに笑う。この世へ甦る前に、男の手で丹念にエンバーミングがかけられていた。しかし、所詮は形を整えるに近いモノなので、どうしても彼女の笑顔は自然と引きつってしまう。それでも、その子が笑いかけてくれた事に、男は酷く興奮した。
 顔色は屍体らしく青白くとも。
 身体を異様な縫合線で繋いでいても。
 例え、それが偽りの笑顔でも。
 男にとって彼女は愛した人を思い出させる姿そのもので、その全てがこの世に残す価値のあるものだった。

 確かに吹き抜けの上段、個室にされたSP席にライトが点っている。
 遮光コーティングガラスから分かる程度なので、そこにいる奴等が誰かは分からない。
 しかし、その部屋にいる人間が彼の計画を買ってくれた。どこからともなく男の計画を知り、計画に併せて男を匿い、他で『管理』されていたイデアを彼の為に開放してくれた。
 全ては、彼の為に動いている。
 直ぐ傍に立っている少年に声を掛けた。生気の抜けた目で、男の顔を見上げる。少年の従順な様は、何事も自分の理想を望む彼を安堵させた。頭を撫で、そっと耳元に囁く。

「もうすぐ此所にお前が来る。それが、俺の言う事を聞かなかったら」


 彼を生かす代わりに自らが狗になると誓った。それなのに、簡単に裏切ってくれた。
 彼と同じ顔をして、全ての恩義を忘れた生き物。それに対する報酬は、見合うモノで返してやらねば。

「殺せ。」


***********************


 どうして手伝うのか。

 一回りも小さい彼女から、その問いを投げ掛けられた時、ジンは言葉そのままの事を彼女に聞きたいと思った。
 狂気の中にその身を投じて迄、戦おうとする理由は何なのか。
 それが、決められた配列から離れる事を選んだ自分と同じであって欲しい。必死な顔で戦う彼女の心情が、壁の向こうで死んだ女性と同じものであって欲しい。
 その浅はかな願いはジンの反応を鈍らせ、捨て去った過去が目の前に現れた事で、押さえ込んでいたトラウマが簡単に眼を覚ます。

 死後処理すらできぬ惨劇の写真。そして、歩き回る屍体。

 違うモノで同じ様な事をする人間を知っていた。尚且つ、彼等の遊びがこういうものだと予測できた。
 なのに、そのラインを見た瞬間、傍にいる者全てが消される恐怖に駆られてしまう。それが彼等の得意とする手法だと分かっていたのに。
 ラインが発光するのは、強制的な熱膨張を起こした兆候だ。結局、屍体は周りにいる人間を巻き込んで、自爆によって片付けていく。

 畜生。

 そんな事を思った瞬間、衝撃と時間の感覚が鈍く歪んだ。音が間延びしてどんどん低くなる。腕に掛かる人の身体が閃光を走らせてゆっくりと形を変えて、幾つもの弾丸が腕に緩慢な速さで突き刺さる。時間の軸が自分を中心にしてずれてゆき、視界の全てが色を消していく。
 彼と繋がっている傍観者が、強制的にシステムを起動させていた。腕が構成素を組み替え、赤い導線が腕を走り出す。
 白と黒で構成される単調な世界。なのにラインを引かれた自分の腕だけは、はっきりと色を持っている。
 接触部だけ時間が止まり、空気の壁が弾丸を押し止めている。色を変えた腕を、自分の勢いで引き抜く。

『彼女はちゃんと繋ぎ目を持っている。だから、大丈夫。』

 引き抜くと同時に分かったその言葉は、至って整然としていた。傍観者である彼が強制的にシステムを起動させれば、自らにかかる負荷は相当重い筈なのに。器がトラウマで暴走するのは、予想の範疇にあった事か。
 耳がやっと爆破らしい音を感覚として捉え始める。
 派手な衝撃と騒音が響き渡った。
 静けさを待つ間もなく、頭に血糊を被った二つの影が起き上がる。
 その辺りに響いた爆発は、周りにミディアムな焦げ目を付けた肉片と、盛大に鮮血を撒き散らしている。それを見回したアルトは、脳天気な声で笑い声を挙げた。

「ド短気眼鏡ー、生きてるかー。」
「死なずに笑ってるお前が怖い。」
「ったり前。こっちには金と将来の愛人が掛かってんだぞ。初っ端からブチ切れやがって。切り札持ちのお前が、しょっぱい甘ちゃん共に競り負けてどうする。」

 競り負け。確かに的を得ている。自嘲の笑顔でジンは立ち上がった。
 こんな状況でも笑い飛ばすアルトが、事件を作った張本人にとって、一番の恐怖になるのかもしれない。そんな事を思うものの、派手な爆発と肉片は2人を酷い有様にしていた。
 爆発の衝撃を浴びた所為か、ジンのジャケットは右袖と背中が黒く焦げており、アルトの左手の甲は赤黒く変色していた。アルトは咄嗟に出した突きで、衝撃を間接的に受けたのか、掌が腫れ上がっている。
 更に、爆破で浴びた鮮血のシャワーが、爆発した奴等よりも派手な装飾を施していた。
 ジンは血塗れのジャケットを脱いだ。その下に着ているシャツですら、血で所々染まっている。アルトは服の袖を裂くと、左手の甲に巻き付けながらぼつりと呟いた。

「木偶人形チームの登場、その返り血のメイクアップ、よちよち歩きのお嬢ちゃんの強奪。お前以上の策略家と気違いが大集合だな。」
「相手が相手だ。仕方ない。」
「あ、やっぱり知ってる奴か。」
「まあな。あの写真でそんな気がしてたんだ。」

 お互いの現状確認をしている間に冷徹な視線が2人をいぬく。
 その嫌な気配に、闘技場の入り口へ視線を向けた。漆黒のコートを着た男が、血に濡れた2人を見ていた。

「久しぶり。」

 言葉の矛先は、共に立つアルトをすっ飛ばしてジンに向かっていた。野郎にはモテたくないが、無視されれば誰であっても腹が立つ。
 いい度胸だ、クソ野郎。
 アルトは心の中で毒付き、声を掛けてきた男を睨んだ。
 全てが至って普通の風体で、服装はヘブンズ・ドアのメインストリートにやって来る富裕層の雰囲気にまとめている。だが、体格は明らかに金融や経済に反射する身体とは違っていた。
 細身でもなければ巨漢でもない。がっしりとした岩か、芯の太い木。所作では分かり難いが、絞るだけ絞った戦闘職種の身体の造りだ。
 ジンを知る人間で、彼の父親と同じ事を生業とするなら、恐らくは軍属。お偉い誰かさんの専属従者の類だろう。公的な履歴は隠匿され、何をしても法に守られた無法者の認可を得ている。やり合ったら、向こうは殺戮上等の気負いで構えてくれる。
 ジンがアルトと出会った頃の様に。

「もう死んでると思っていた。それでもだいぶ鈍ってるな。」
「お前の主人が先導しているのか。」
「いや、少しばかり手を加えてやっただけ。全ては戯言と余興、負け犬共の夢想がリアルになっただけの事。」

 負け犬。そう言って笑う彼の姿に、ジンは不快感を露にした。