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天国へのパズル - ICHICO -

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 そして、それなりの事をやった所為で、ヨリの服は色も分からぬ程に返り血を被り、全身に血の臭いが染み付いている。その臭いで、ヨリは先程出会った意地悪な優しい人と、豪快で無茶苦茶な男を思い出した。あの二人はどうなっただろう。

『死にやしないさ、あの二人なら。』

 その声は起動していると、耳に届くのでは無く頭の中で響いていた。視覚でも聴覚でもないものを、頭が認識していた。
 何とも不思議で奇妙な感覚に、ヨリは頭を降る。

 『気持ち悪いからって、馬鹿な事している暇は無いよ。さぁ、この先にあんたを待つ人がいる。そいつがあんたの愛しい人か、それとも憎む人か。ぶった斬るんならさっさと行きな。』
「分かってる。」

 時間のロスは疲れを生む。これ以上の負担は御免だ。
 廊下のその先にあるのは、闘技場。血に濡れた格好で、ヨリは一直線に走り出す。


***********************


 彼奴さえいなければ。
 彼奴は己に必要な全てのモノを奪っていく。

 男は吹き抜けから空を見上げた。どこにいても、ドームの中で見る夜空は相変わらず薄ぼんやりとしている。
 壁を無くして存在出来ぬこの街では、まともに星を見る事はできない。だが、今だけでも男は本物の星を見たいと思った。この町にも第3区に高精彩のプラネタリウムを設備した学習施設はある。しかし、その疑似的に演出された星空は男にとって嫌な思い出を引き出すのでしかなく、願いの叶う時が近付く今だからこそ、本物の星を頭の中で輝かせたかった。
 男の欲しがる星の全てを、双子の弟が全て持って行ったからこそ。
 彼と彼の弟とは一卵性だった為、見た目はどこまでもそっくりだった。遺伝子レベルで同一故、どちらも聡い感覚を持ち、才能は同じだけ溢れていた。
 ただ、性格だけはまるきり正反対で、己の才能を過信する兄に、前に出ることを不得意とする弟という、よくあるアンバランスな双子だった。
 そんな2人だったからか、彼らが同じ道を目指したからか。世の中とは皮肉なモノで、名声以外で兄が欲しいと思ったモノは、ことごとく弟が持っていってしまった。

 他人からの信頼も。愛しい人の心も。

 弟は自分以外の他人に優しい人間で、兄の目には愛想を振りまいて、皆に媚びを売っている様にしか見えなかった。兄の想像通り、傍にいる人間は媚びる弟になびき、彼に「横暴な兄」という屈辱的な称号を与えてくれた。そうやって、彼の恋した女性は、弟の元へ向かっていった。
 プライドが馬鹿ほど高い人間にしてみれば、血縁者と比べられる事は酷く不愉快なもので、弟がそれを申し訳なくする事すら不快感極まりない事だった。
 優位を誇れる筈の生き物に、同情されねばならぬのか。それ程に自分は卑しい人間か。
 同じだけ才を持つ兄が、己を誇示せぬ弟に抱く思いは、年数を経るに従って嫉妬を超えた執着に変わっていく。
 そんな気持ちに連鎖する様に、兄は知り合いから依頼されたプロジェクトが、とんでもない事件で中止する羽目になった。弟は愛しい妻を難病に冒され、幼い子供を残して病死した。
 そして同時期に、兄弟にはイデア・プログラムの研究者としての委嘱依頼がやってきた。秘密裏に行われる人道を外れたプログラムに、弟は異を唱えた。
 まだ幼い子供を連れて、脱走者の首輪を付けて逃げ出した。全てが終わり、兄が追われる身となってから、哀れむ様に会いに来た。その時の同情の目は、思い出すだけで気分を害する。

 彼奴は我からこれ以上何を奪おうというのか。
 だがら、奪われたものは取り返す。

 イデア・プログラム。
 最初は公立の研究者協会によって起案された計画の一つだった。
 外的要因から掛かる肉体負担を軽減する為、既に解析されている人体の遺伝子情報から、状況下においての基礎能力・防御機能等の向上を目的とした実験と調査、及び薬品開発。
 公に施設から発表された情報は分かり易く要約されすぎて、実態を見せていないない。蓋を開ければ、効果の高いドーピングドラッグや依存度の高い覚醒剤の研究、外科手術による人体実験、殆どがヒトの名を冠する【兵器】の開発だった。しかもその研究に駆り出されたのは、現行政府の与党に組する研究者が殆ど。実験台であった人々は、敬虔過ぎる有志でも無ければ、凶悪犯でも無い。前総統の独裁的な軍策に反発した非営利団体の関係者が大半で、関係者血縁の若年層まで借り出された。
 その全ては『有志』の名目によって、あっさり伏せられていく。
 そんな組織的隠匿が発覚した切っ掛けは、内部告発による文書だった。
 タレコミとは思えぬ情報が野党寄りの公安調査庁に届き、強引に外部組織の監査を入れた事により、畜生じみた内容の一部が明るみに出た。
 全ての凶行の証拠が集まる前に推測が憶測を呼んでしまい、世論と議会は大混乱。発覚から3年、組織解体と施設が閉鎖されて2年半後、軍隊内の独裁政権は総統の引責辞任、担当高官の更迭で幕を引いた。

 男の利己的で稚拙な計画は、既にプログラム参加時に始まっていた。不慮の事故で死んだ知人から預かった本を利用して、実験体として有用な子供と、大型犬を何匹か自分の傀儡として起用した。実験の合間に疑似的な記憶と暗示をすりこみ、投薬や外科手術でその身体を男の都合に合わせて変えていく。
 簡単な要因で『憎しみ』と『破壊』を吐き出す様に。それが男の望むモノに変わる様に。
 憎らしい弟の愛した人が、そして彼も深く愛していた人が、そんな事を望まぬと考えずに。
 弾劾裁判等で追われる立場となってからも、彼の計画は着々と進んでいた。
 
 参加していた彼にも、イデアプログラムが人として非人道的なものだと分かっている。しかし、彼からすれば聖人と誉めそやされる弟の方が、それ以上の狂気を自分へ押し付けてくれたと思っていた。人から兵器や実験体となった奴等を思いやるよりも、自分の欲に忠実に生きる事で優位を感じたい。
 弟を貶める為なら手段を選ばぬ程に、既に男の心は壊れていた。

「そろそろ来るぞ。」

 何かを待ちわびる男の後ろで、観客席から一人の男が声を掛けた。金髪の若い男だった。カーキ色のコートを身にまとい、群青色の瞳で闘技場の天井を見上げる。
 彼の主人に『ある物』を渡す事で、弟に下した制裁や計画の合間に起きた全ての事を
 【何も無かった】
 事にしてもらう手筈だった。
 全てはこれからやって来るイデアプログラムの実験体に掛かっている。彼の仕込みが入っているイデアは、カルテ番号からほぼ『紹介所』を介して接触を図る事ができた。その情報から得る事のできなかった、及第点にも満たなかった出来損ないが、彼の計画で一番重要な位置に立っている事が分かったのだ。今もその事に歯がゆさを感じるものの、男の信頼を裏切るような事等は起こらないと確信している。
 闘技場の入場口を睨む男に、気の抜けた声が現状を報告してくれた。

「今さっき、あんたの待ち人とおまけ2人がご入場だ。観客席も、もうすぐ埋まる。」
「もうすぐか。」