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天国へのパズル - ICHICO -

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piece 1 the Monster is coming




 ゴミの匂いで目が覚めた。鼻が聞きすぎるのも少し困る。
 だが、酷い匂いと埃まみれの暗い場所は心地よく感じた。これに彼奴等の血の臭いが混じれば最高だ。
 腹は減るものの、気分がいい。昨日今日と私に仇なす者に制裁を加えたからだろう。
 口の周りを舌でなぞると、微かに残り滓が付いていた。その味に昨日の高揚感を思い出す。ああ。なんて心地よい。
 
 私は何も悪いことなどしていない。
 むしろ私は被害者だ。このような不条理な場所に私を放りだしたこの世界が悪いのだ。私の肉体を傷つけ、記憶を奪い、拠り所を奪い、今度は命すら奪おうというのだから。
 だがどんな時にも望めば助けをくれる者がいる。現に私を助けた者は、この場所ならば大丈夫と私に隠れ場所を教えてくれた。特に私の姿を照らすものが無いのは素晴らしい。このような姿になった私の目にアレは刺激が強すぎて困る。
 彼は私に対して理解を示してくれているらしい。素晴らしいことだ。
 この廃墟は歓楽街から少し外れた場所にある。何故か誰も近寄らなかった。聞くと、昔に私と同じものがここにいたらしい。ただ、周りに住んでいた人間に酷い扱いを受け、其奴らを全員片付けたのだという。
 その話を聞いて、私は酷く興奮した。私と同じ事を考えているものが此処にいたのだから。
 できることならその彼が喰らい尽くす様を見てみたかった。さぞや心地よい叫びを聞くことが出来ただろうに。英雄の素晴らしい行動に涙が零れた。
 お陰でこの建物はいわく付きになって、人も寄りつかなくなったらしい。
 先人のお陰で私は救われていた。ここならば暫く見つかることは無い。この狂った世の中もまんざらではない。
 
 不意に腹の傷に痛みを覚えた。塞がった傷に何故痛みを覚えたのだろうか。何かの予兆かと思い、周りに注意を向ける。鼻を曲げそうな腐敗臭の中に、微かな土埃の匂いが混じっていた。雨の前兆だ。
 
 私を助けた者は、私の手助けもしてくれると言っていた。
 私から大切なモノを奪っていった人間を教えてくれると言っていた。
 神など信じる気にもならぬが、あの者に関しては利用する価値がある。
 素晴らしいことだ。
 暗闇の中に浮かび上がる薄明かり。そして人影が二つ。あの者達がやってきた。今日も私に手を貸してくれるのだろう。
 外は雨が降り始めたらしい。微かに腹の傷が痛んだ。
 奴らにも私が受けた傷の深さを教えてやらねば。心地よい痛みに自然に笑みが零れた。
 
 ああ。今日も仇なす者を探しに行こう。
 
 黒い服を着た一人は黙ったまま、今日も刀を持っていた。刀の鍔からは、自分の口元から臭うものと同じ臭いがした。
 その臭いは、一番最初に牙をたてた男の臭いを思い出させた。息もせず、ただ倒れふした肉塊だった男だ。喰う意味があったのかは分からないが、お陰であの男の記憶を頂いた。
 伴侶の死。知人の死。そして愛しい我が子との別れ。記憶の無い私からすれば美しい事この上ない記憶であり、同時に酷く妬ましく感じた。

「……おいで。」

 掠れた声が耳に届く。
 明かりを持って私を案内する人間はいつも通り仮面を付けている。今日は帽子を深くかぶり、つぎはぎだらけの腕をぶら下げていた。目障りで仕方がない。何かの臭いを誤魔化す為なのか。其奴の身体から漂う、甘ったるい臭いも鼻につく。
 その全てが鬱陶しく、癪に障る。
 その明かりを持つ手を綺麗にもぎ取って、この者の存在すら全て片付けてしまいたくなった。だが、此奴等が教えてくれた。
 あの男の記憶に残っていた者、其奴等全てが私の命を脅かす邪魔者だ。


 ***********************


「全くここは暇だな。」
 
 能天気な声が昼下がりの書庫の中で反響する。
 ジンは人の相手をするのは嫌いではない。寧ろ人の話を聞く事は好きなほうだった。自分を上手く表現できない分、彼は聞く事に努めようとしていた。
 だが、書庫の整理をしている時や、自分が集中して本のページの補修をしている時に、無駄に話し掛けられたり邪魔されるのが嫌だった。
 そう。
 丁度今がジンにとって堪らなく嫌な状態だった。

「美人のお嬢さんは来ないのか?」
「さぁね。」

 お前がいるから誰も来ないんだよ。
 そう言いたい所だが、喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。補修用の紙テープを切りながら相槌を打つ。
 中央府第2区連邦図書館分室は、今日も殺伐としていた。
 無精髭の男と職員の腕章を付けた青年の二人きりだった。窓の向こうで小鳥が囀るぐらいで、他の人の気配など無きに等しい。
 おそらくこの場所に希望する『お嬢さん』が来ることは無いだろう。
 彼らの今いる書庫は中央府の連邦評議会の検閲を終えて、図書館の本棚へ並ぶことの無い資料を主に保管していた。図書館の建物の一部を使用している事もあり、形式上一般にも開放されている。しかし、内容が軍事関係ばかりで、来る顔ぶれも軍関係者が殆ど。
 別に人が少ないからと言って、やる事が無いわけではない。
 評議会議録帳や研究施設の書類の整理、そしてそれらを含む蔵書の確認、その補修、紛失している資料室の目録の作成。挙げていけばキリがない。手伝う気があればここでやる仕事なんて山ほどあった。
 普段から人の出入りは少ない場所である上、書庫内のカウンター下から聞こえる声は、自分が原因で更に閑散としているとは思っていないらしい。
 ジンの視線の先にいる男は暇になると、ここにやって来て時間をつぶしていた。質の悪い時は、仕事が終わってからでもジンをネタにしようと付いて来た。今日も今日とてこちらの仕事を手伝う気配はまるでなく、我が物顔で居着いている。
 更に今日は服装が警備員なので、ちょっと業務妨害に近い。
 扉を開けると目の前で警備員姿の男が殺気立った顔をして、蔵書類をトランプタワーの様に床に積んでいるのだ。仕事にしろ私用にしろ、訪れる者にとってあまり喜ばしい雰囲気ではない。
 先程も書庫に納める本を持ってきた司書に向かって、揺らすなとばかりに無言でモデルガンの銃身を構えていた。
 基本、自分が一番。掲げるポリシーはゴーイングマイウェイ。ジンはいつも思う。この変な我儘さえなければいい奴なのに。
 補修し終えた本を並べようとジンが席を立つと、すぐ横の本棚の下段一列が綺麗に無くなっていた。気が付けば本のトランプタワーは4段目まで立ちあがっている。
 また索引順に並べなおさねばならない。タワーをよく見れば、カバーが痛んでいるからと除けてあった物もちらほら混じっていた。ジンは溜息をつく。
 タワーの制作者はと言うと、どうやら一段落ついたらしい。持っていた本を置いて満足げな顔をしていた。ついでに今日3本目の煙草に火をつけ、積み損なった本を読むわけでもなく、ただページをめくっている。

「電子図書が戻ってきてるのに、前時代的だと思わん?」
「仕方ないだろう。全部資料なんだし、ある物は全て保管する事になってるんだよ。」

 灰が落ちる前にカウンターに置いてあったコーヒーカップを渡した。