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天国へのパズル - ICHICO -

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 しかし、つい十数日前に血塗れで倒れていた彼女の姿を何と説明しよう。医者と警察を信用せずとも、人の急所を派手に傷つければ、あっという間に動かなくなる。バケツ一杯の血を流している人間を、そのまま放置すれば死んでしまう。

 あれはヒナじゃない。
 ヒナに似た人間が、あそこにいるだけ。

 そう思い至るにはほんの一瞬だったものの、不意打ちと衝撃から一気に彼女の死んだ時へ記憶がフィードバックしてしまい、ヨリは派手に混乱していた。その場へ釘に打たれた様に止まってしまう。
 立ち止まった瞬間、それを狙った様にヨリの鳩尾に打撃が打ち込まれる。その勢いで襟を掴まれ、再び腹に一撃。防ぐ間もなく入った拳は遠慮なしに胃をえぐり、叩き込まれた打撃は胃に納められていた強烈な酸と共に、先程掻込んだパンとビールを内臓から追い出してくれた。大きな打撃でふらついたヨリは、背中にとどめの一撃を食らい、地面へ倒れ込む。
 私1人でも、手伝ってくれる人がいても、こうなる事は予想出来たのに。
 無駄にリアルな事を思いつつ、急速に意識が遠のいていく。そんなヨリを蜘蛛の巣模様の付いた大柄な男が担ぎ上げ、そのまま闘技場へと歩み始める。

「行かせるか!」

 アルトが男の足を止めようと駆け寄ると、直ぐ傍にいた男が掴み掛かった。ジンにも複数人の傀儡がしがみつく。
 しがみついた奴等の蜘蛛の巣模様は更に身体を侵蝕し、赤く発光していた。

 只の足止めではない。

 それを見たジンは変色をした奴の服を掴み、腰の回転を掛けて放り投げる。アルトは掌と肘で飛ばし、纏わりつく奴等を強引に引き剥がした。
 瞬間、赤い発光が白く変わり、人間が爆発した。


 ***********************


 ピーターは最初、闇市等へ向かおうかと思っていた。しかし道すがらに、アーヴァインの一族が懇意にしているイタリア系マフィアのペイシェントが、3人に声を掛けた。彼と面識があるらしいベルガモットの言うがまま、標準よりも大柄なピーターよりも一回りは大きい彼が、そのままピーター達を先導してあっと言う間に地下闘技場のあるビルの中へ。街の紹介もそこそこに、スモークガラスが張られた部屋へ案内すると、全て準備は調えていますよと伝え、あっさり立ち去って行った。
 演目等の説明は無し。この3人以外の観客も無し。全て無し。只、立ち尽くすのみだった。
 行こうと思った場所とは違った上にその場つなぎの話題も思い付かず、ただ室内を見るのみだった。一緒に付いて来た少年は、安いクッションのひかれた座席に堂々と寝転んでいる。やきもきするピーターと相反する様な呑気な姿で、ベルガモットに話し掛けた。

「なぁ、ここへほんとにアイツが来ると思ってる訳?」
「多分ね。中身は残酷で冷血な癖に、お人好しの博愛主義者の仮面を被ってる。きっと近くにいるわ。ソフィーの物を持っている人が、どうするかでここに来るかは分からないけどね。」
「そこは来てくんなきゃ。わざわざデリックとトニーが此処にいる意味がねぇよ。」
「デリック…・・?」
「ベルのおまけには教えてやんねーよっ。」

 中指を立てて舌を出した。ベルガモットはその姿を見てくすくす笑っている。
 彼等はここで起こる内容を既に知っているらしい。では何故、『案内人』等と名目を付けて、自分を呼んだのか。困惑しているピーターに、ベルガモットが笑顔で話し掛けた。
 
「ピーター、貴方も賭け事はするでしょう?」
「賭け、ですか。」
「ええ、賭け事よ。ここはそういう場所でしょ。トランプぐらいはやるんじゃない?」
「まぁ、ポーカーぐらいはやりますが。」
 
 同性同士での賭け事は、親しくなる為の切っ掛けに過ぎない。
 こんな血腥い賭けをする奴等に親しみを持つ事は無いものの、聖女が如く微笑むベルガモットにピーターは困惑面のまま答えた。
 
「これから見るゲームは、ケビンが見つけてずーっと教えてくれていたの。リングにいる人、貴方は知っているんじゃないかしら。」
 
 寝転がる少年に微笑むと、ベルガモットはスモークガラスの側にあるスイッチに手を伸ばした。スイッチを切り換えると、スモークは一瞬で消えてリングの光景がはっきりと浮かび上がる。
 その先には本物の命を懸けるリングがライトアップされていた。そこに立っている人に、ピーターは確かに見覚えがあった。父の知り合いの双子の医者で、ピーターが憧れた人だった。
 その片割れがそこにいる。傍らに大型犬が寝そべり、一人の子供が並んで立っている。ガラスの反射で驚いた顔をする自分の顔が映っている。
 何のフィクションだ。
 動揺するピーターが面白いのか、ケビンがゲラゲラ笑った。
 
「あいつが馬鹿みたいな計画を立てていた。それを知った俺が手を貸して、ベルがアドバイスをして『あげた』訳よ。その結末がこれから分かるんだ。分かるか?懐の小さいインテリさん。」
「ベル、貴女は一体何を…」
「全てはお祖父様達の作ったおとぎ話よ。」
 
 ベルガモットはガラスをなぞり始めた。ピーターの混乱を描く様に、動く指先に沿ってガラスに黒く細い曲線が走っていく。彼女の手に何かが仕込まれている。
 一体何が起こっているのか。彼女は童話と称して何を語り始めるのか。
 
「神様達は気紛れに、人の願いを叶える魔法のグッズを作った。万物を司る『モノ』について書かれた本が、その中にあった。」
 
 彼女は全てを『童話』という例え話で語っていた。話の筋で言うのなら、人の願いを叶える魔法は『Shrine』の事だろう。『本』なんてShrineが存在するのか。ピーターの理解を待たずして、童話は進む。
 
「ある男は、他人の名誉が欲しくて、『本』に書かれていた薬を作った。それを使えば自分に全てが与えられる筈なのに、使えば使うだけ自分のものが減っていく。それこそ自分だけを愛してくれる筈の伴侶は、いつの間にか他の男のモノを咥えて喜んでいた。男にとっては悔しいばかり。男は同じ感情を抱く人間に、その全てを託して死んだ。」
 
 一体それは誰の暗喩なのか。
 混乱するピーターの様を愉しむ顔で、ベルガモットは話を続けた。
 
「ある日、本を受け継いだ人間に捕まった子供が、薬を飲まされる前に賭け事を申し込んだ。自分は貴方の為に働く犬になりましょう。その代わり、血を分けた兄弟は殺さないで下さい。彼らだけは助けて下さいって。そう言って薬を呷った子供は、どうなると思う?」
「犬にはなれども、人間へ戻った。御伽話は子供への訓示を含むものだ。それ相応の代償を払うものには、それに見合う対価を与えないと。」
「そう。そして男は弟に毒を飲ませて犬にした。子供は兄弟の事を忘れたまま。だから、この話はまだ終わっていない。」
 
 笑顔のまま、淡々と喋る少女。彼女の語る言葉は自分に関連は無い。なのに、ピーターは言い知れぬ恐怖を感じていた。
 実験動物ならリアルも感じない癖に、何故か死とは相反する場所にいるであろう人間から語られる物語は、童話の癖にリアルで残酷だった。その話を聞いているだけで、形の分からぬものに食われていく気分になってしまう。