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天国へのパズル - ICHICO -

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 先程2人が伸した奴等が再び、見えない何かに引き摺られて3人の眼前に現れた。薄い月明りに見えた土気色の顔には、真っ黒な蜘蛛の巣の模様が張付く様に浮かび上がっていた。

「うわっ、なんじゃこりゃ。」

 全員揃いも揃って、同じ蜘蛛の巣模様を顔に引っ付けている。褒め言葉はいいへヴィメタルメイクだという所しかなくて、団体で揃うのを傍で見ると、どうにも気持ちが悪い。更に、色は違えど蜘蛛の巣の模様は超人紛いになる時のジンの腕に出る模様とどこか似ていた。それだけで、アルトのテンションは嫌でも跳ね上がる。

 それが起こっている時、アルトには何故そんな事になるのか全く分からない。
 只、ジンが持っている懐中時計を握って一声あげると、時計が彼に同化していく。その時の彼は時計が早回しになった様に動作が早く、誰が何をせずとも周囲には彼の手によって片付けられている。アルトには視認するのがやっとの速度なので、もし敵方だったなら思いっきり敬遠したいタイプだ。機動隊でも前線張れる人間が、実はターボで倍速機能があるなんて信じたくない。古い友人が実は人間ではなく、アンドロイトの類かではないかと、アルトは密かに疑っている。
 軍部官僚の巧妙な罪の押しつけで監獄送りにされたリリーを探して、うっかり軍規違反で掴まった時に、アルトは初めてその模様を見た。逃げる事も出来ず、生きる道も何もない状況で見ると神々しいものだったが、今はそれが微妙に憎らしい。もしもこいつ等が常人離れの動きをする屍体だったとしたら、それが目の前で一個小隊組んでいる事だった。馬鹿みたいに手間だけ掛かって、価値の下がりはじめた通貨単位の報酬。腕の一本落とす危機を乗り越えても、小さな借りで消えていくのが関の山だ。
 しかし、ここは金の為。正義を求めて逃げ続けた馬鹿な子供の為。そして、自分に素敵な舞台を準備していた敵方への愛情は、きちんと形にしておかないと気分が落ち着かない。事前にクローディアから情報買っていたんだからと納得して、このゾンビ集団を如何に対処しようかと思いを巡らせる。
 しかし、アルトが思いを巡らすよりも先に空気が動いた。
 ジンはその顔に付いた模様を見た瞬間、近寄ってくる屍体に恐ろしい早さで間合いに踏み込み、容赦無く拳を模様に叩き込んだ。そのまま足を振り上げ、他の面に付く刻印を蹴り潰す。
 潰すと同時に、放電現象でよく聞く鼓膜をつんざく音が響き渡る。唐突に開戦の合図が鳴り響いた。
 アルトが程々に付き合いが長いジンのそんな姿をみるのは、本当に久し振りの事だった。寝耳に水ではなくマグマでも放り込まれた気分でジンを見る。
 そこに立ってるデスマスク被った屍体共よりよっぽど物騒で、真直ぐ過ぎる殺意を向けている。
 傀儡は模様の真ん中に衝撃を与える事で消えるらしい。狙い撃ちされた奴の模様は、花火の様な音を立てて消えていった。

「待て。お前のは殴っても止まらんだろ。何で分かった。」
「さぁな。」

 更に他の近寄る奴等を容赦無く殴り飛ばす。派手な音を立てて、人形が死体へ戻っていく。
 ゾンビ共に付いた模様にキレる30代手前。その間に何の因縁があるのか気になったものの、まず向かって来る奴等を潰す事に意識を向けた。

「要は模様の真ん中を狙えば良い訳ね。」

 標的がすぐ傍なので早撃ちが出来ない限り無理な状況だった。しかし、元々射撃が得意でないのと、至近距離すぎるので白兵戦が有効手段。自分の好む選択肢が出てきた事に、アルトは安心した。
 アルトにとっての喧嘩は、好きに自己主張が出来る唯一の場所だ。プログラムされた作戦の実行よりも、私利私欲に塗れた興行よりも、自分の形でどこまでも自由でいられる世界がそこにある。

 さぁ、俺の演舞が幕開けだ。
 死んでなおマリオネットの様に動かされる彼らに、人間として当たり前のモノを与えてやろう。

 愚行を始めた馬鹿に敬意を表して素早く一礼すると、一瞬で蜘蛛の巣に侵された男に駆け寄り、蜘蛛の巣めがけて拳を撃ち出した。
 更に、妙な歩き方と俊敏さで近付く奴等を強引に引き寄せ、華麗に水月蹴りで薙ぎ倒す。同じ調子で起き上がる動きに合わせて、黒い巣の中心へ拳と踵を振り下ろした。
 ヨリは必死に掴み掛かってくる奴等の腕をすり抜けるものの、一時の休息が良い緊張を打ち消してしまったらしく、先程よりも動作は遅くなっていた。
 頭では反応している。しかし、体は思う様に動かない。あっという間に、ヨリの腕は背の高い栗色髪の男に掴まれる。見上げたその顔に付いている眼は、感情を持たぬ人形の眼で、何も考えていないガラスの向こうには闇が広がっていた。

 殺される。

 信用のおけるその眼で、命を奪われる恐怖を感じた。
 ヨリの護身術は、誰かに教えてもらったものでは無い。恐らく、記憶の途切れた昔に教わったんだろうと、本人も漠然と思っていた。多少痛みにボケている事と、他の人より体を動かす事に長けているだけで、それ以外の利点は全くない。
 明らかにリーチも体格も違う大集団が囲めば、簡単に消せるモブ程度。しかし、ヨリはできると思ったことで負けるのは大嫌いだった。
 馬鹿みたいに動く人達の動作を見ていたのと、最初に掴み掛かられた早さが、その人達より遅いお陰で、ヨリには相手の間合いとタイミングは体で理解していた。
 横目に黒い放射線状の糸は側頭部へ集まっているのを確認し、持っていた貴重品と名の付く鈍器で殴り倒す。
 しかし中心には程遠く、よろめいてヨリを手放したものの、再び掴み掛かろうと手を伸ばしてくる。
 すぐ手近にある街灯の柱に捕まり、それを足場にして跳躍する。

「ごめんなさいっ。」

 馬鹿正直に謝る癖に、勢い良く相手の顔面に踵を叩き付ける。感じる振動は堅いものを壊す感触で、普通の生き物と同じだった。
 だが、耳に届く音と膝に伝わる電気刺激は、何か異様なモノを殴った事を確認させる。ヨリはそれに言い様のない不安を感じて、着地してから視線を落とす。
 そこにあるのは、古い記憶にある人間の屍体そのものだった。
 息のあるうちは人として生きていたのに、傍迷惑なものに巻き込まれてしまった人達だ。死して尚動かされたものの、人に殴られる事で何かを落とし、やっと己の自由を得ている。感情を無くした顔は哀愁を漂わせ、酸化してどす黒くなってしまった血は溢れる事無く、顔や服に染み付いている。もう、人ではない。ただの塊。
 その姿が、何故かヒナの最後と重なった。
 そんな自分勝手で馬鹿なものを振り払う様に、転がっている者を無視して顔を上げた。

「……ヒナ?」

 視線の先には、血の匂いしか残っていない闘技場への出入り口が開いている。そして、その向こうから2人の人間がこちらを見ていた。
 一人は男。もう一人は子供。
 男は物影にいる為、顔も姿もと分からない。ただ、子供だけははっきりと分かった。それこそ、よくよく見知った間柄なだけに、見間違う事なんて無い。
 身体の無くした部分は分からない。喪服を着て、つばの大きな防止を被り、笑顔でヨリを見つめている。何がどうなって、彼女がこの場所にいるのか。実は生きていたとでも言うのか。