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天国へのパズル - ICHICO -

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 ただの我が儘でも彼女の願い事を聞けば、自分の願いが倍程叶えて貰える。チャンスを掴めば、これから進む道がバラ色になる事を約束される。
 そう言い聞かせながらシークレット・ガーデンの程近く、第6区と第4区の境目にある交差点で待っていた。
 目立たず、騒がず。場に合わせる様に慎ましく。
 ホストに配慮して大人しく待つものの、やっぱりシークレット・ガーデンはピーターの嫌いな場所だった。
 ピーターが苦手なのは、その場にある雰囲気だ。此所は売られるモノが雑多に溢れているお陰で、ピーターの苦手な腐敗臭や埃、生臭い臭いが近隣にまで漂っている。
 ピーターはその手のものが大嫌いだった。しかし、好きなものが薬剤の試薬等の臭いというから、彼も此所にいる人間と同等の『変わり者』なのかもしれない。
 可憐や美麗を代名詞にできる彼女が、何故こんな所を見たいのか理解に苦しんだ。この汗臭い空間は知性とは程遠くて、馬鹿と糞しか集まらない阿呆の集合地にしか思えなくて、嫌悪感が顔にでてしまう。
 ピーターの我慢もギリギリの所で、彼の前を電気自動車が止まった。
 私用に使える自動車等は、恐ろしい金額の燃費と検査で維持されている。地域全体が箱に囲われる様になってから、乗物は富裕層のみが所有する乗り物に変わっていた。
 運転席から素早く侍従が降り、後部座席のドアを開けると、御伽話から抜け出た容姿の少女が優雅に降り立ち、ピーターを見上げた。

「お待たせしたかしら。」
「いいえ。」
「ごめんなさい。こんな場所にお呼び立てして。」

 ベルのライトグレイの瞳が笑顔に揺れた。
 服装はシークレット・ガーデンに合わせて多少ジャンクな雰囲気にしているものの、黒いボレロと藍地ワンピースを着て、目深く帽子を被る子供なんて見た事が無い。
 彼女と同じ年頃の少年を降ろすと、車は手早く去って行った。
 共にいる少年は場の雰囲気に馴染んでいた。黒のパーカーに濃赤色のカーゴパンツ。皮のブーツ。赤色のベスト。金色の髪を無造作に縛っている。同じ様に送られて来たので、恐らくはどこぞの富豪様の御子息だろう。
 それらしく、性根は我儘だ。背丈と年が上のピーターをちろりと見ると、軽く笑って遠くを見上げる。
 ただで無くとも気分が悪いのに、そんな態度を取られたお陰で、気分の盛り上がる部分が無くなった。ピーター忌々しげにベルに問いかける。

「そちらの方は?」
「あたしの古いお友達よ。一緒に行きたいとおっしゃったの。いけない?」

 彼がピーターを小馬鹿にする様に中指を立てようが、舌を出そうが、下手に疑問を出さずに笑顔で了承する。
 親の七光で生きる小蠅を哀れむ感情は、ピーターには長い付き合いだ。数時間の不快感は、お姫様から倍にして返して貰おうと決めた。


 ***********************


 先程ヨリが二人に捕まった地下の闘技場があるビルへ向かうと、ビルの出入り口である柵には鍵が掛かっていた。日付も変わりたての頃と言うのに、興業終了で閉めるには早い時間だ。
 しかし、辺りにはやっている内容のお陰で地味に生臭い臭いが漂っている。何の気なしに鼻に付いてくる匂いに、ヨリは顔をしかめた。

「さっきも思ったんだけど、此所はいつもこんなに血の匂いがしてるの?」
「さあな。」
「故郷なのに知らないんだ。」
「そのうち、ここ以外の事もたんまり教えてやるよ。」

 アルトの気分はヨリのうさん臭がる顔では無く、これから来るモノに対して高揚していた。
 先程この辺りでやり合った後なのと、此所でやってる内容が血の臭いしか残らない興業故、周囲にその気配が残っているのはいつもの事。だが、血の臭いが明らかに強すぎる。
 目の届く辺りを見回すと、バケツをひっくり返した位に不自然な血溜まりが幾つか。そして、それをなぞる様に足跡が何本も繋がっていた。
 別段、変化はない。血気盛んな馬鹿の多い場所なだけに、血溜まりは喧嘩の跡と捉える事ができた。しかし、地下闘技場の出入り口周辺は、不必要な程に血の匂いが集中していた。明らかに誰かが血まみれに潰されて、誰かの手によって移動してきたか。もしくは、今日は相打ちの数が多くて、客席の出入り口まで搬出に使われたか。元々が薄暗い通りなのに、うっかり一帯の街灯が壊されていて、まともに分かるのは屋内の明かりが届く辺りだけだった。お陰で、血糊で残された足跡がどういったものなのか、まともな判別を付ける事が出来ない。

「まぁ、思いっきり好戦的に頑張る馬鹿がいる訳ね。」
「何が?」
「でーっかーい独ーり言ー。」

 気分に合わせて、リズミカルなテンポで拍を刻む。
 アルトは自分の事を賢いとは思っていない。だが、これで気がつかない馬鹿では無いと思っている。
 そして横目にジンが眼鏡を懐に仕舞っているのを見て、アルトの中で立てられた予想は確信に変わった。
 多分、賞金首の領域に入った。血の足跡は死体を使う奴の準備だろう。計画性を全く持たないアルトにでも分かる簡単な戦法だが、何を狙ってどんな事をするのか分からない。
 出て来る予想数を勘定したり、それをどう捌くか考えるだけで、アルトの顔は自然と綻んでしまう。

「やっぱり来る?」
「ああ。」

 黄色い瞳が笑顔に揺れた。
 しかし、ジンは懐中時計を閉まったままで、周囲を見渡している。

「多分、俺達をこの子からひっ剥がしたいんだろ。そんな数が控えてる。」
「何か、来るの?」
「ああ、離れるなよ。」
「うん……っ!!」

 ヨリが注意深く周りを見回しているうちに、二人は銃を取り出していた。不意の動作に吃驚したヨリの頭を避け、ジンは手持ちのベレッタPx4で通りで揺れ始めた影を撃ち抜く。
 アルトは先程頂いたコルト・ガバメントで、すぐ傍の窓を撃つ。壁の横と、窓の向こうで人影が吹き飛んでいった。
 ヨリは腕が真横をすり抜けた時、咄嗟に耳を塞いだものの、間接的な振動で撃鉄の爆発音を感じていた。
 その振動で、先程聞いた不思議な声の言っていた言葉を思い出してしまった。
 こんな所でくたばる訳にはいかない。
 すぐ傍に手伝ってくれる人がいると思って怖じ気付いてしまったら、きっと答えなんて見えなくなってしまう。
 ヒナが何故死ななければならなかったのか。その理由が分からないのも、探す人が見つからないのも、どっちも嫌だった。

「普通の人間だったら、悪い事したな。」
「謝らんでも死んでるだろ。いい事だけしか頭に入ってないからこんな場所にいるんだ。そんな奴等は俺みたいな男前か別嬪にとっとと昇天させてもらって、宗教信心関係無しに弔ってもらえりゃ充分。」
「同胞には優しいのな。」
「まぁね。俺もリリーにそうされたいから。」
「ああ、ハイハイ。」

 2人がそんな戯言を言っている間に、銃弾で吹き飛んだ人間が糸に吊られた傀儡の様にあらぬ音を立てて起き上がった。
 すぐ側の物陰からもガサゴソと動く音が聞こえ、いつの間にやら一個小隊の人数が勢揃いしていく。
 洒落たジャケット羽織る男、黒いスーツを着た初老の男、ジャージに薄っぺらいTシャツを着た若造。