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天国へのパズル - ICHICO -

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piece3 向こう側と其処にある答え




 今、ピーターが生きる理由。自分の存在意義を皆に認めさせる事。そして、家族よりも高潔に生きる事。
 それは人として当たり前のものだと、ピーターは感じている。


 ピーターの父親・グレゴリーが研究していたのは、ある筈の無いモノについてだった。
 その名も『shrine』。現実主義をモットーとするピーターには、何を以て神様のモノと呼ぶのかさっぱり判らない。

 彼の言い分はこうだった。shrineとは意図して人為的に作られたシステムだ。何らかの感応端子が遺伝子等の情報を解析し、システムの動作条件に適合すればshrineが起動する。開発者について不明な点が多いことを考えると、先の戦争に依って情報が散逸していると考えられる。故に、秀でた人物が過去の戦禍を免れた物を持っていれば、それはshrineの可能性が高い。一番最初に発見されたあの玩具も、ある科学者がお気に入りだった物だから。

 その玩具を所有していたのは、ジェラルド・ハーン。科学賞を総嘗めにした偉大な研究者だ。
 私事では『どこまでも破天荒』と呼ばれただけあって、ジェラルドの功績は防護壁の開発者達の更に上を進んでいた。従来の概念を飛躍させた有機物の伝導物質の開発に始まり、素粒子単位での元素の再構築、防護壁表面に集まる放射線を利用した電池パネルの製作、防護壁損傷部を自己修復するシステムの開発等、数えればキリが無い。
 ジェラルドのお陰で、ドームの中は戦前の環境と同じ状態を保っていた。寧ろ、ジェラルドの研究の成果が反映している大都市では、それ以前よりも大きく変わっているのかもしれない。
 まるで人の身体を造り出す様に、壁の中に世界を造り出した漢。享年70歳。ジェラルドが亡くなって、もう半世紀が過ぎていた。
 しかし、半世紀だろうが戦後だろうが、やる事全てが伝説で語られていた。そんな人間だったからこそ、科学に憑かれた人の殆どがその影響を受けているのかもしれない。
 ピーターの父親もその一人で、ジェラルドの生き方は尊敬するが、彼の研究成果はまだまだ甘いという、『先生』と呼ばれる人にありがちな非常にアクの強い人だった。
 そんな父親が研究施設で派手に死んでしまった。
 研究室の分析機器を稼働させたまま、制御室で犯人に切り刻まれていたらしい。
 他にも機器の操作や数値計測を手伝う研究員が複数人いたものの、彼らも同じ状態で発見されていた。
 犯人は分からない。だが、父親が分析機器に通そうとしていたのは、刀が一本。彼が目を付け、散々頼んで拝借していた刀だった。
 別に刀など、そんな力が無くとも凶器として充分成り立っている。高度な熱処理で鍛えた鉄鋼の集大成ではないか。
 更に、持っていたのが父親の古い知り合い、更に女性ながら軍事の統括指揮を取る程の強者と言うから、死んだ人間には分の悪い方へ話は進んでいった。
 結局の所、死してなお父親の願った魔法が起こる事は無かった。彼の望む物的証拠は全く出て来ず、状況証拠と物証だけで把握できる事件の体裁だった。
 思い通りに事が進まない事に主導していた科学者が発狂し、自作自演で周りを巻き添えにして命を断った。
 そんな安直な回答で全ては片付けられた。有り得ない論説だったと、グレゴリーの知り合いがピーター達にそっと漏らしてくれた。
 父親の思いは脆くも崩れ去っている。
 誰が考えてもそうだろう。うだつの上がらぬ科学者と、羨望の的である将校のお偉いさん。身内だとしても、信用するのは父の知り合いである軍人だった。
 ピーターの父を知る人は必死に父の立派さを褒めたたえ、父を支えた家族の存在を持ち上げてくれる。そう言われても、ピーターは疑問を感じずにはいられない。
 後ろにいる自分達の姿を何ら顧みず、ひたすらに自分の世界に没頭する様は正しかったのか。父親の影しか見えぬ物を追う姿を見る度に、それを滑稽に感じていた息子が立派なのだろうか。
 祖父は彼の生き様を自慢にして周囲に語り、母親に至っては、全てを悟りきった顔でグレゴリーを見守る事しかしなかった。
 ピーターには父親も自分達も、どちらとも立派と呼べるものだと感じていない。
 それ程に父親とは関わりが無く、全く頼り甲斐なんてものを感じる事の無いまま、ピーターは大人になっていた。そして、自分の事を皆に見て欲しいと願う、無知な子供のままだった。

 まともに父親と認識していない男が一風変わった死に方をした為、普段は悲劇の主人公が如く扱われる事を不愉快に思いつつ、その異常さで悲劇の具合には程々に慣れていた。そして祖父が老衰で、母が伝染病で亡くなってしまうと、その悲劇の具合を有効的に使おうと考え始めた。

 父の死は、神の与え賜うた好機。
 その逆境を利用すれば、自分は父親だけでなく、『ジェラルド・ハーン』という近代の化物染みた研究者の名声を超えるかもしれない。

 その無謀な願望は父親がジェラルドに抱いていたものと同じだと気付かず、ただ心のままに走り始めた。
 彼の研究していた神を騙る物は無くとも、まずは研究者と同じだけの見識をつけねばならない。そう思い、必死に勉学に努めた。学生のうちに色々なコミュニティに所属し、父の友人である高名な工学博士と懇意になった。更に、金と権力を使う事しか知らないシェーマスと友好を深める事に成功した。そして、父の不得手だった医学院に進学した。
 残されたからこそ、その背中を追う。全部を追い抜いて頂点に立つ。それが自分にとっての生き甲斐だと思い続け、今に至る。

 ピーターの今夜の予定は、とあるセレブリティのガイドだった。
 待ち合わせているのは一人の少女だ。勿論、只の子供ではない。
 ベルガモット・アーヴァイン。防護壁等の開発に携わっていた研究者の血族で、その辺の政治家より金と権力を持つIQ180越えの天才児。アーヴァイン家の持ち株を統括しているのは彼女の父親であるノール・アーヴァインだが、蝶よ華よと持てはやされる彼女は数多くの従者にかしずかれ、ノールの庇護の元に英才教育を施されて、知識レベルは大学の教授と遜色が無いと専らの噂だった。
 そんなセレブリティの天辺にいる姫君とピーターは、医学院の卒業を控えた折に開かれたコミッションパーティーで出会った。
 黒髪で精巧な西洋人形の様に美しい顔をした子供が、その場繋ぎに話始めた昔話に食い付いたのが切っ掛けだった。

「もっと話を聞かせて。」

 感情を面に出さぬ彼女が、父親の大まかな研究内容と異様な死に方を聞くとにわかに笑った。
 必要以上に知識を詰め込まれた所為で、人間の感情を無くしてしまったのだろう。血の繋がりで巻き添えをくった哀れな少女に、彼は打算で近付き、お姫様の友人というステータスを得た。
 その彼女が、シークレット・ガーデンのゴミ市場と、一番残酷な賭博場のリアルな様を見てみたいとの事で、執事達がピーターを案内役に抜擢したのだ。シェーマスを含む彼女の数少ないご友人方は都合が悪く、それにピーターは少しばかり感謝していた。
 今日のお相手は、西洋人形の姿をした金蔓と素晴らしいコネクション。